極楽ハニー 7th【ars K.N】 (ページ34)

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244.洗い流せたら。←1.06更新ページ34

オフィスに戻る前に、トイレに寄った。

鏡の中には、それはそれは酷い顔の私が居た。

滲んでしまってる目尻のアイラインは、とりあえず指先でキュっと擦って消した。
中途半端に残ってる方が、みっともない。

塗れて下がってしまった睫毛は、後でビューラーしておこう。

涙袋に付いてしまってる落ちたマスカラも、指先で拭う。

少し黒く染まったその指先を、冬場には親切にお湯が出て来る水道で洗い流す。

ゴシゴシ...と洗えば、胸のモヤモヤも落ちるかと思ったけど、当然だけどそんなワケ無い。

そうだ、この後ニノミヤはオフィスに戻って来るんだ...

それを思うと、また胃が痛くなって来たけど逃げてる場合じゃない。
子供じゃないんだから。

まだ彼の居ない後ろの席を気にしながら、私は仕事の続きに手を付けた。

「あ、二宮。ちょうど良い所に戻って来た！」

上司の声で、ニノミヤがオフィスに入って来た事を知る。

頭は動かさずにチラリと視線だけを動かすと、彼がちょっと怠そうに上司のデスクまで歩いてた。

「何ですかー？」
「ちょっとこの原稿、チェックしといて貰える？」
「あー...はい、分かりました。今日中ですか？」
「悪いけど、出来れば今日中で」

はーい...と間延びした返事をして、「何だ？覇気が無いな！」と陽気な上司に背中をバチンと叩かれたニノミヤは

ちょっと困ったように眉を下げて「いってぇ...」って、笑ってる。

手渡されたUSBを親指と人差し指で挟んで、裏返したりしながらつまんなそうに眺めてたニノミヤの目が

突然私を見た。

ドキン、と心臓が痛む。

彼は静かに私から目を逸らし、少し唇を尖らせてまたUSBを見詰めながらデスクまで戻って来る。

てっきり、すぐに椅子に座ると思ってたニノミヤが

すぐ横に立って、私のデスクに両手をついた。

驚いて見上げると、彼の綺麗な顎のラインが目に入って何とも言えない気持ちになった。

「何か久し振りだね、センパイ」
「...そ、だね...」
「久し振りっても、顔合わせてないの二日か...」

ニノミヤが、私を見下ろす。

薄い唇が、少し開き息を吸い

何かを言おうとして、でもその口は何も言わずに閉じられた。

そして、そのまま彼は自分のデスクに戻ってさっき命じられてた原稿のチェックを始める。

今までとは明らかに違う距離感に、心がヒンヤリと寒くなる。

怖くなった。

何が怖いのかは、自分でもよく分からない。

だけど、『怖い』と思った。