極楽ハニー 7th【ars K.N】 (ページ33)

今日:22 hit、昨日:0 hit、合計:1,521,956 hit

243.ALL。ページ33

「ズルイよ、二宮くん」

智也は片眉を上げて、自分より背の小さいニノミヤの顔を覗き込む。

「そうですか？」
「そうだよ。死ぬなんて言われたら、やっぱ奪ったりなんかしちゃ駄目だって思っちゃうでしょ」
「そんなコト無いですよ？だってオレ、今長瀬さんが『Aをくれないなら、ここから飛び降りる』って言っても別に止めませんもん」

ニノミヤは背の高い智也を上目遣いに見上げて、口角をクっと上げた。

「ライバルが減ったわ、って喜びます」
「凄いな、その思考」
「オレ、自分至上主義ですから」
「ハハッ、ホント...Aの事が無かったら仲良くしたい位なんだけどな」
「性格悪いですよ、オレ」
「面白いじゃん。綺麗事ばっかりの人間なんてつまんねぇよ」

さっきまでの張ってた空気が、少し緩んだのを感じる。

いつもの調子のニノミヤに心も、解けたような気持ちになるけど

それも勝手な話だな...と、自分が嫌になって来る。

「そんなにAが大切？」
「大切...ってゆーか、オレの全部です」
「全部？」

少しだけ、口を尖らせるようにして話すニノミヤが頷いた。

「Aは、オレの大切な人で...そんで大切な声で、大切な景色で、大切な栄養で...ンフフ、全部が大切なオレの宝物だから」

ホント、何を言ってるの...って思う。

何でそんな事を恥ずかしげも無く言えちゃうの...って思う。

なのに、もう涙は我慢できなくて

抱えた膝の上で腕を組んで、そこに顔を押し付けた。

「長瀬さん。人の宝物を盗むのは、泥棒だって知ってますか？」
「せめて怪盗にしてよ」
「盗っ人ですよ」
「やだな、それ。ってゆーか、まだ盗めてないし」
「盗ませませんて」

クスクスと笑い合って、でもあんまり目は合わせない二人が

どちらとも無く、煙草を取り出した。

「もう一本吸って、戻りますか」
「あぁ、うん。そうだね」

私はふらつく脚を必死で立たせて、メイクなんか気にせず涙を掌でグイっと拭いてエレベーターへ向かった。

でもなかなか来なくて、このままだと二人に見付かってしまうと思った私は階段を駆け下りた。

カツンカツンとヒールの音が、階段室に響く。

胸が痛い。

痛くて痛くて、息苦しい。

嬉しいのに、辛くて

辛いのに、嬉しい。

こんな気持ちになるのは、三十年以上生きてて初めてだ。

ガンガンと痛む頭を、わざとコンコンと拳で叩いて

息を吐き出した。