極楽ハニー 7th【ars K.N】 (ページ28)

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238.手首。ページ28

猫背な背中が、スタスタと廊下を歩いてく。

「待っ...カズッ...！」

思いっきり出したはずの自分の声は、信じられないくらいに小さくて

ニノミヤに届かなかったのか、聞こえない振りをされたのか...彼は、振り返らない。

追いかけなきゃ...
早く、追いかけなきゃ...

「...A」

ニノミヤの後を追おうとした私の手首を、智也がグッと掴んだ。

「......」
「二宮さんが、Aの彼氏？」
「...え...」
「さっき彼、助手席に...って言ってたから」

智也の目が、ジッと私を見る。

「彼の助手席に乗る位の仲だって、事だろ？」
「...そう、だよ。だから...手、離して」
「どうして」
「だって...追い掛けなきゃ...！」

とっくにニノミヤの姿なんて無くなってる廊下の向こうに、もう一度駆け出そうとしたら

掴まれたまんまの手首が、少し痛い位に握り締められる。

「ごめん、A」
「......」
「俺、そんなにお人好しじゃない」
「...智也、離して...」
「ホントごめん。でも、グチャグチャにしたくなった。Aと彼の関係も...」

さっきは気付かなかった、車のエンジンの音。

きっと...絶対、ニノミヤの車。

「Aの気持ちも」

エンジン音は、遠去かる。

それと同時に手首から智也の手が、離れた。

「Aに彼氏がいる限り、俺は『奪う』って選択肢しか無いから」

言ってる事は強気なのに、目の前の彼は俯く。

「二宮さんって、Aより歳下だよな？」
「...ん...」
「彼はAとの未来をちゃんと考えてくれてる？」
「...それは...」

甘い言葉はたくさんくれる。
くれ過ぎる程。

女子が喜ぶ事を何でもしてくれる。
胸焼けしちゃう程。

「二宮さんは、ずっとAを大切にしてくれる？あんなにモテそうなのに」
「...それ...は...」

ニノミヤの異常なモテっぷりのせいで何度も、イタイ目に遭った。

だけどその度に、彼が甘ったるく助けてくれた。

大丈夫。
ニノミヤは、ちゃんと私をずっと想っていてくれるはず。

...なのに、そう思ってるのに、どうして私はそれを智也に言えないの？

「土曜日。今度こそ、空港に来て。返事は、その時に聞かせて欲しい」

何も言えない私の頭をポン、と撫で

「俺はもう、Aに辛い想いはさせないから」

そう言って、廊下を歩いてった。

階段を降りて行く靴音が響く。

私は、ずっと不安だったんだ。

だから、智也に何も言えなかったんだ。

あんなに甘やかされてたのに、ずっと不安だったんだ。