極楽ハニー 7th【ars K.N】 (ページ23)

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233.ブラックコーヒー。ページ23

智也が少しだけ残ってたレモンティーを一気に流し込む。

「だからさ、ロンドンではもう我武者羅に仕事頑張ったよ。周りに心配される位。だって俺には仕事しか無くなったからね」
「......」
「でも、そん時頑張ったから今の俺があんだよね」

あの頃と変わらない笑顔。

「だから、ありがと。あん時、頑張らせてくれて。Aのお陰」
「...私は...何も...」

さて！と、掛け声を出して智也が立ち上がる。

「仕事、戻ろっかな」
「あ...うん」
「煙草吸いたいから五分だけって言って抜けて来たのに、俺」

腕捲りをしている手首の時計を見て、「ヤッベ！逃げたと思われそう」って笑う。

「じゃ、ね。A」
「うん」
「...うん」

小さく頷いた智也が、ちょっと離れた所にあるごみ箱にポイっと空のペットボトルを投げると

カコンとそれは綺麗にゴミ箱の中に入り、彼は満足そうに口角を上げ「バイバイ」って手を振って歩いて行った。

私も手の中に残ったブラックコーヒーを持ったまま、立ち上がり

オフィスに向かい、歩く。

さっきの智也の言葉が、耳の奥の方に残ってる。

キュンとする訳では無い。
ドキドキする訳でも無い。

だけど、あの日空港で私がもし智也に怖がらずに会ってたら...

それを考えると、胸の深い部分が軋んだ気がした。

オフィスに戻ると、相変わらずニノミヤは私のブランケットを被ったままPCに向かってる。

私から横取りしたココアのカップが傍らに置いてある。

「センパイおかえりー」

私が席につくと、振り返ることも無くPC画面を見たままニノミヤは呟いた。

「あ...うん。ただいま」
「あー...目が疲れる！」

彼が眼鏡を外して、コシコシと目を擦りながらクルンと椅子ごと振り向く。

「あれ？何それ、ブラック？」
「えっ？」

私が持ってる缶を見て、「それ。センパイ、ブラック飲むっけ？」ってその缶を取り上げた。

「あー...ううん、間違って買っちゃったんだけど...ちょっと飲んだらやっぱ苦かった」
「センパイ、口がお子ちゃまだからなー」

ククッと笑い、また私から横取りしたそれを美味しそうにグビっと飲む。

「...ん？どした？」
「え...？何が？」

顔を近付けて来て、小さな声で囁く。

「さっきからオレのコト見詰め過ぎですけど？」

あっとゆーまにコーヒーを飲み干したニノミヤが、「会社でそんな顔されたらさすがに照れるわ、ばか」って

『そんな顔』がどんな顔なのか分からない私の頭を、軽くポコンと叩いた。