極楽ハニー 7th【ars K.N】 (ページ22)

今日:28 hit、昨日:0 hit、合計:1,521,962 hit

232.あの日のホント。ページ22

昔は...

付き合ってた頃は、智也との間に少しの隙間も作りたくなくっていつだってピッタリ引っ付いて座ってた。

「邪魔だなー」「動きにくいんだけど」「あっついよ！」

智也に文句言われてもずーっと引っ付いてた。

「ま、Aの甘えん坊なトコは好きだけど」

そう言って貰えるのが嬉しくて、いつだってその言葉を待ってた。

今の私は、智也との間に二人分程の距離を開けて腰を下ろす。

手の中のブラックコーヒーの缶を開けて、一口飲むと

やっぱり苦くて、美味しいなんて思えなくって。
だけどあの頃とは違うんだって見せたくってゴクゴクと飲む。

「A、眉間に皺寄ってるけど」
「......」
「ホントはまだ飲めないんじゃないの？苦いブラック」

ニっと大きな口で笑った智也が、その大柄な身体には似合わない小さなペットボトルに口を付けた。

社内を行き交う人達の喋り声や、足音が響く休憩スペース。

昨今の禁煙ブームで常に閑散としてる喫煙室に比べたら、いつだって何人かは居る場所。

仕事の話をしてる人達、仕事には全然関係の無い雑談をしてる人達

でもきっと、昔のコトを思い出しながら元彼と話してる人なんて私くらいだ。

「なぁ、A...」
「何？」
「俺さ、ずっとAに訊きたかった事があるんだけどさ...」
「うん？」

智也を見ても、ジっとペットボトルを見詰めたままこちらに視線を向ける事は無い。

「何で...あの時、空港来なかった？」

ざわつくその場所で、智也の声だけが何故だかクリアに聴こえた。

「え...」
「俺、待ってたんだけどな！」
「あ...うん、ごめんね...」

フッ、って息を吐いて笑った智也がこっちを見る。

「俺さ、空港で言うつもりだったんだ」
「...言...う...」

これ以上は聴かない方が良いと...

これ以上は聴いたらいけないと...

胸で警鐘が鳴ってるのは、気付いてたのに

私はその場から動く事も出来ないし、智也から目を逸らす事すら出来ない。

「俺と一緒に来て、って。すぐにじゃなくても良いから、俺の所においで、って」

私は智也が大好きだった。

大好きだったから、空港には行ったけど会う事が出来なかった。

「さよなら」なんて、言えると思えなくて顔を合わせるのが怖かった。

「でもAが来なかったのが、俺らの関係に対するAの答えなんだろうなって...必死で自分に言い聞かせてた」

あの頃の私が欲しかった言葉は、もう少しだけ手を伸ばせば届く所にあったんだ...。