極楽ハニー 3rd【ars K.N】 (ページ16)

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86.残業。ページ16

「Aさん！」

会社のロビーで、いつか私を入れてくれた傘を畳んで片手に持ってる生田さんが手を振る。

「ごめんね、突然押し掛けちゃって」
「いえ、もう帰るとこだったんで...大丈夫です」
「何か俺、ストーカー癖があんのかなぁ」

ハハッ！と笑う生田さんに、やっぱりこんな爽やかなストーカーがいるもんかと思う。

「お酒、飲みに行きたいなって。昨日、LINEしたでしょ？」
「あ、はい」
「Aさんが忘れない内に、強行しちゃおうと思って」

爽やかな顔の裏側に、少しだけ男の顔が見えた。

その事に、胸がざわつく。

「えっと...今から...？」
「うん。そのつもりで俺は来たんだけど、あ...Aさん、何か予定があった？」
「予定は...」

無い。

うん、予定は無い。

何の問題も、無い。

分かりました、飲みに行きましょう。そう、答えようと生田さんの顔を見上げると

私を見てたはずの視線が、私を通り過ぎてる事に気が付いた。

上がってた彼の口角が、スっと下がる。

「オレの子に、何してんの？」

私の背後から冷たく響いた、声。

振り返れない。

胸が、どんどん痛くなって来る。

カツンカツン、近付いて来る足音

心臓を直接握られてるみたいに、苦しい。

「ニノ...」
「トーマ、何の用？」
「Aさんを飲みに誘いに来たんだけど。駄目だった？」
「そっかー、でも残念。センパイ、まだ仕事残ってんだわ」

そう言って、ニノミヤが私の隣に並ぶ。

「ね？センパイ」
「...え...？仕事...」
「って事で、ごめんだけどトーマ。今日の所は、悪いけど」

生田さんは口を一文字に結んだままニノミヤをじっと見た後、私に視線を戻した。

そして、ニッコリと微笑む。

「仕事なら仕方が無いね！Aさん、また今度」
「...あ...」
「じゃあ、バイバイ。ニノも...」

バイバイ、ってニノミヤにも笑って生田さんは持ってた傘をブラブラを揺らしながら雨が降る外に出て行った。

「...何なの...」

ポロリと、心の声が漏れる。

「...何なのよ...」

ニノミヤを見る事も出来ない私の手首を、ニノミヤがギュっと握った。

そして、そのままグイっと引っ張られる。

「待って...！何！？」
「ちょっと黙っててくんない？」
「はぁ！？」

どこにそんな力があんの！？って位の強さで引っ張られ辿り着いたのは、図書室。

相変わらず人が居ない。

「ちょっと...！？」

部屋の奥まで連れて行かれた私は、両肩を掴まれ壁に身体を押し付けられた。