極楽ハニー 3rd【ars K.N】 (ページ2)

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72.温度。ページ2

パタパタパタ、と傘に雨粒が落ちる。

生田さんは私から目を逸らさず、でもちょっと気まずいのか唇を少し噛んだ。

「...やっぱ引く...よね」
「え...あの...」
「ストーカーみたいだもんね、待ち伏せなんて」
「ストーカーだなんて、そんな...」

こんな爽やかなストーカーが居るもんか、って思わせるそのちょっと困ったような笑顔。

少し疲れてた心に、シクンと突き刺さってくる。

「...ご飯、私に奢らせて貰えますか？」
「え？」
「お昼のお礼です」
「...え？良いの！？」

生田さんは驚いたのか何なのか手から傘をバサっと落とし、慌てて「あ！ごめんごめん！！」って拾ってまた私に差し掛けてくれた。

「待ち伏せまでして強引だったよね、ごめんね」
「いえ、...私もお腹空いてたんで」
「ありがと！...待ってて良かったー...」

男の人にこんな風に言って貰えると、嬉しくないはずが無い。

ときめかないハズが、無い。
知り合ったばっかりの人なのに、生田さんのコト何も知らないのに。

でも気持ちが全然見えない人に心を乱され続けてるより、ずっと健全に感じる。

それに

知らないのは、ニノミヤのコトだって同じ。

私はニノミヤを、全然知らない。

どれだけ近付かれても何も分からない、気持ちが何にも見えない。

「じゃあ、行こ！何が食べたい？」
「何でも良いですよ。生田さんの食べたい物で。あ、でもフレンチとか言わないで下さいね？予算がちょっと不安なんで」
「ハハッ！言わないよ！そーゆーのは、今度俺がAさんにご馳走したいから」
「...え...」

ニコっと笑った生田さんにソっと背中を押されて歩き出す。

パンプスのヒールがパチャンと雨水を跳ね上げる。

踵の高い靴を履いていても、見上げる位置にある生田さんの横顔。

生田さんが助手席のドアを開けてくれた。

「失礼します...」
「どーぞ」

ニノミヤもいつだって助手席のドアを開けてくれてたな...

こんな時でも、私はやっぱりニノミヤを思い出すのか...って、ちょっと自分にウンザリする。

溜息を吐き出しそうな口をグっと結んで、車に乗り込もうとした時

何で私は、振り返ってしまったんだろう。

ドクンドクン、苦しくなる。

知らない間に会社の前に立ってたニノミヤの温度を感じない目が、こっちを見ていた。

「Aさん、どうしたの？」
「え...ううん、何でも無いです」

私は、ニノミヤから目を逸らし車内に身体を入れる。

パタン、静かにドアが閉められた。