極楽ハニー【ars K.N】 (ページ1)

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1.一度目。ページ1

一度目の『トキメキ』は八年前、まだ桜が咲いてる頃。

うちの社屋の南館と北館を繋ぐ、無駄にオシャレぶった壁がガラス張りの渡り廊下。

陽の光がサンサンと降り注ぐその廊下の真ん中辺りに

アイツは、居た。

ガラスの壁に片手をついて、そこから空を見上げて

真っ白な頬に春の柔らかい陽射しを浴びて、口元は少し微笑んでるように見えた。

...ような気がする。

本当はちゃんと覚えてなくて、アイツのその佇まい自体に私の胸がトクンとトキメいたって事だけを鮮明に覚えてる。

私のヒールが鳴らした足音に気付いたのか、空を見上げてたアイツの顔がゆっくりとこっちを見た。

ペコリ、と会釈される。

つられて、私もペコリと頭を下げた。

綺麗な子。

そう思っていたら、アイツが私に近付いて来た。

「ボク、こないだ入社した二宮って言います」
「...新入社員さん...？」
「はい。よろしくお願いします」
「あ...はい、よろしくお願いします...」

『二宮』と名乗ったアイツは、私が抱えてた雑誌をジっと見て「エディターさんですか？」と訊く。

「うん、そう」
「へぇ...女性ファッション誌のエディターさんってやっぱ華やかなんですね」

口角を緩く上げたアイツが、視線を雑誌から私の靴に移した。

「そんな踵の高い靴履いて、仕事出来るんだ」
「...は？」
「じゃ、失礼します」

フフッて笑ったアイツは、もう一度小さく頭を下げて私の横を通り過ぎたんだ。

振り返ってアイツの後姿を見ると、きっと学生時代は茶色くしてて入社直前に染めたんだろうなって感じのちょっと作り物みたいな黒い髪。

細い身体に纏ったジャケットのポケットに両手を突っ込んで歩く姿は、新人らしさなんてあんまり感じなくって

「...何か...感じワル...」

一度目の『トキメキ』が、すぐに消えたのも鮮明に覚えてる。