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2020年 8月
「…はぁ」
楽屋のソファーに項垂れたまま、ため息をついた私。
「はい、Aちゃんのため息本日36回目入りましたぁ！」
「ありがとーございまーす！」
居酒屋みたいなノリの美海と雪に茶化されても、ツッコむ元気もない。
隣に座った志穂が、私の膝を叩いたから慌てて体を起こす。
「どう？慣れた？」
「あ、うん！そりゃもうバッチリ…て言いたいところなんだけど…
QRコードってどうやって読みとるの？」
「カメラアプリ開けばできるよ」
志穂が私のスマホを机に置いてすいすいと操作しつつ、ゆっくり説明しながらやり方を教えてくれる。
私がスマホデビューを果たしたのは、2ヶ月前の話。
お店には志穂が付き添ってくれて、
名前の通り"簡単そう"な『らくらくフォン』に手を伸ばしたら、
それは高齢者向けだと呆れられた。
結局志穂や美海らと同じ機種を言われるがまま買って、今がある。
「あ、できたできた！そうやるんだ！」
「覚えた？」
「も、もっかいやってみるわ」
大人になってから何か新しいものを覚える、なんて台本の作業でしかやっていなかったからなんだか新鮮。
ただ、スマホのキーボードは如何せん難しくて
「打つのうちのおじいちゃんより遅い」
「うるさい、今集中してるから！」
「キーボード打つのに集中って何？」
誰の誕生日でもないのにパーティーグッズを身につけ吹き戻し笛を吹く雪にバカにされつつ、一生懸命文字を打つ。
…いや、一体どこから持ってきたんだそれ。
颯姉ちゃん今日何時に帰ってくる?
Aたぶんしち
「ああ！間違えて途中で送っちゃった！」
「送信取り消しすれば？」
「な、なにそれ！？」
オタオタしてる間に既読がついて、『7時ね、了解』と颯から返信が来てしまった。
光の速さ。息をするように返事が来る。
怖い！
「喋るより返信が早い人とか、ほんと…どうしたらいいのか分かんない」
「慣れだよ、慣れ」
ぽんと肩に手をおいた志穂が「メイク行ってきまーす」と席を離れたのを確認して、メールを開く。
末澤くん宛てに、LINEを始めたことを知らせるURLつきのメールを送信してもう2ヶ月経つけど、未だに返信はこないし、LINEもない。
私に合わせてメールにしてくれてた末澤くんが、気づかないなんてことなさそうだし、
…忙しいのかな。
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作者名：x | 作成日時：2023年9月29日 8時
