第十四話(2) ページ24
嗚呼、もっと見てみたい。
と、半助は思う。
鈴の色んな表情を。
こんな微かなものだけではなくて。
そう、以前桜の下で見た満面の笑みのような。
いつも淡々と話す彼女だから、笑い声だって聞いたこともない。
彼女を纏う、牢獄にいるかのような冷たい空気を暖かなもので包んであげることができたのなら。
そして、彼女が心から笑ってくれたら。
否、笑っていられるように。
手を差し伸べたい、と。
「また、一緒に食べましょう。美味しいもの」
高鳴る胸のまま、そのように言えば鈴は柔らかく細めた目のまま、頷く。
半助も自然と口元が緩むのが分かった。
「…ああ、そうだ」
もう少し柔らかな彼女を見ていたかったのだけれど、鈴はそう呟くと普段の落ち着き払った素振りと無表情に戻り、何かを取り出す。
「土井先生に、これ」
「私にですか?」
差し出された小さな包みを受け取ると、薬品のような独特の匂いがした。
「これは?」
「胃薬です」
やはり、とでも言うべきだろう答えが返ってくる。
「胃が痛む時に飲んでください。神経性だから薬を飲んで根本的な解決になる訳ではありませんが…」
「え?どうして私が神経性胃炎って知ってるんです?」
そんなこと話しただろうか、と首を傾げると「……………新野先生から伺いました」と、やや長い間を置いて鈴が答える。
「そうでしたか、いやぁ情けない」
「お忙しいのですから、無理もありません。大事にしてください、お身体を壊したら、子ども達が心配します」
ありがとうございます、と受け取った薬を懐にしまいながら、君は心配してくれないのだろうか、と思ったのだが言うのを止めた。
今はこうして、子ども達の為であったとしても自分の事を気にかけてくれた、その事だけで十分に思えた。
「この薬は新野先生が?」
「いえ、私が処方しましたが…不安であれば新野先生に新たに出していただきましょうか」
薬を返してくれ、とすっと手を出されれば、半助は慌てて「いえいえ!」と首を振った。
「十分です!飲みます飲みます!沢山飲みますから!」
早口気味にそう言うと「沢山飲めばいいってものでもないのですが…」と、鈴に怪訝な顔をされ、半助は「あはは」と苦笑いを浮かべたのだった。
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作者名:ししゃもん | 作成日時:2018年10月30日 10時