夜殺し【国見英】 (ページ13)

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「連絡先交換しとく？」

今日はスマホ持ってんの、の次の言葉がこれだった。
驚きのあまり情けない声を上げると、その人はまた息だけで笑う。

「この調子だと、どうせ明日も明後日も徘徊しそうだし。手出しといてその後無視すんのはマズイかなって」
「乗り掛かった船てきな」
「そうそれ」

この人がお節介なのか、私が危なっかしかったのか、この二日間で急激に距離が詰まったからなのか。どれが理由かなんてわからなかったけれど、甘い誘いに乗らない手はなかった。
遠回しに夜道の散歩を認められたも同然である。
倫理観に警鐘を鳴らされる気もするが、今は目の前の大義名分の方が重要なのだ。

QRコードをかざして出できたのは、「あきら」の文字と可愛らしいマカロンのアイコンだった。
あ、騙された？と一瞬で脳内が冷静になる。もしかしたら本当は女性だった可能性も＿＿必死に頭を動かす。
相当顔に出ていたのか、私の表情を見てから「あきら」さんは何かに気が付いたようだった。
やっべえ、と漏れた声が届いたが、なぜかその声は笑っていた。

「これさぁ、高校の先輩を揶揄おうと思ってやったやつなんだよね。変えんの忘れてた」

この人はこんな風に悪戯っぽく笑うんだ＿＿大人な表情からは想像できなかった無邪気な笑顔に、心臓が黙っていられるのは時間の問題な気がした。
これはよくない。だってまだ知り合って２日だし、私は情けない姿しか見せてないし。
駆け足過ぎるこの感情には急いで蓋をした。

「“あきら”って名前も冗談のウソなんですか？」
「本名だよ。源氏名でもないし、あと俺は男」
「私やばい人に騙されたのかと……実は悪い人だったりします？」
「さあ？それはそっちの判断に委ねるよ、Aちゃん」

普段されない呼び方に、耳の裏がそわっとした。
クラスの女の子にそう呼ばれることはあっても、男子や部活の先輩たちからもちゃん付けで呼ばれたことなどなかったのだ。
親戚はもちろん、教師も他の知り合いも、みんな苗字か名前の呼び捨てである。

男の人にちゃん付けされると、女の子として扱われているような気分になるのか。初めてだからというのもあるけれど、そう思うと途端に恥ずかしくなった。
こんな格好で情けない姿ばかり見せられていても、この人は私のことを女の子と思ってくれるのか。

皮膚に熱を感じるのは、間も無くやって来る夏のせいにしよう。

帰路についても、しばらくの間はまともに顔を見られなかった。