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私の前まで一歩、二歩。……ちょっと距離近いんですけど。撮影は仕事だし、楚方からのタックルやハグは慣れ。
でも正直なところね、物理的な人との距離は結構欲しかったりする。優子さんの急なセクハラとか実は真面目に勘弁して欲しい。口が裂けても言えないけど。
みんな、何も言わず注目していた。え、え？ 何を言われるの？ こういうとき、才加さんは口出しそうなのに。なんで今日は黙りっぱなしなの？
「A」
「はい」
「……ボク、キミには絶ーっ対に負けないから！」
………はい？
彼女は言いたいことだけ言うと走り出した。なに？ 言い逃げ？ とも思ったが違うらしい。恵さんの後を追うように才加さんが走り出す。そんな彼女は「彼方も行くよ！」と引き連れてもう見えなくなった。
残ったのは、佐江さんと私。待って……色んな意味で着いていけない。
「えーっと、何です？ コレ」
佐江さんに驚いた様子はない。恵さんがあんなことを言った理由を知ってるんだろうか。
曰く、昨日久しぶりにメールが届いたらしい。襲名して、部屋も変わって、一緒に行動できなくなってからは初めてのことだと。その文面はたった一言。
「『ボク、Aに負けたくない』だって。火がついちゃったみたい」
「そんなつもりはなかったんですが……」
「メグに返信したんだ。じゃあ朝、才加と一緒に走ろうって。76期って……まあ私もだけど。襲名メンバーは神様ぐらいに思っているから縦の繋がりが希薄でね」………
ちょっと強引な才加なら、メグと打ち解けるのも流れに任せられると思って。
……そう言う佐江さんは表情が柔らかい。また、恵さんと話せるようになって内心嬉しいんだろう。
「Aのライバル誕生だ」
「ええ？」
「Aはピンとこないだろうけど本当はすごいことなんだよ、負けないとハッキリ言うって。今は自分が劣っているって認めたことになるから」
………恵さんが、私に？ いやいやありえないでしょ。彼女はプライドが高い。後に入ってきた77期より自分が下だなんて、死んでも思わない人に見える。
私が欲しいのはライバルじゃなくて夢なんだけど。化学反応と、聞こえがいい言葉で片付けるつもりはない。またため息が出た。普段の私なら同期ならまだしも、先輩の前では抑えるのに。
佐江さんの横目が向く。「悩みごと？」と首を傾げている。……余計なことを知られたもんなぁ。違う意味で心配されている気がする。
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作者名：東雲れーた | 作成日時：2022年10月21日 14時
