ep3 ページ3
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彼はそれから、ピアノのお稽古がある日に僕の家を訪ねるようになった。
「ほら、今日はイチゴを持ってきたぞ。食べれる？」
僕が首を縦にふると、彼は嬉しそうに笑った。
彼はとてもいい人だった。
一人森の中に住む僕を変人扱いした街の人とは違って、僕に優しくしてくれた。
「おい、お前はまだ喋れねえのか」
言葉はすこし乱暴だったけど、優しさに溢れた彼の不器用な喋り方がすきだった。
ずっと人と喋ってこなかった僕は何度彼に会っても緊張して声を出すことができなくて、
でも喋らなくても、彼の話を聞いてるだけで楽しかった。
僕が瞳を揺らすと、彼は少しあわてた様子で口を開く。
「別に無理に喋れって言ってるわけじゃねえんだよ。あ、もっと食べろよ、お前は細すぎるんだから」
お腹はもういっぱいになってしまって、首を振ると、彼は少し眉を下げて笑った。
「それにしても、こんなところで一人で住んでるなんて危ないだろ」
べつに、大丈夫なんだけどな。
気味悪がって誰もここには来なかったし。
「ほら、お前は.....かわいいんだし、」
伏せた顔から覗く耳が真っ赤に染まっているのがおかしくて、僕は少し笑う。
「せめて、名前だけでも知りたいんだけど、」
「...........ゆうり、」
彼は目をまん丸にして、顔を上げた。
その瞬間僕の頬も熱くなってしまって、あわてて両手で顔を隠す。
「.....ゆうり？ゆうりっていうのか。おい、顔見せろよ」
僕が首をふると、彼は僕の手首を掴んで、無理やり手を引っ張った。
至近距離で目があって、顔から火が出るほど熱く感じた。
「ゆうり」
「........ん」
「俺の名前呼んでよ」
「........りょうすけ、」
僕はその頃から彼といると鼓動が早くなるような気がしていた。
でも、彼はそれから一ヶ月僕のところには来なくて、やっと話せるようになったのに、僕はまたひとりぼっちの生活に戻ってしまった。
前は、ピアノなんて嘘で毎日遊びに来てくれたのに。
もう会えなかったらどうしよう。
でも、それもしかたない。僕は嘘をついているんだから。
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作者名：なん
| 作成日時：2017年4月28日 0時
