右手に帽子、左手に包帯【文スト】

２ｰ３ ページ6

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「綺麗ですね」


音一つしなかった部屋でぽつりと呟いたのは私だった。
何時から見蕩れていたのか判らない
眼下の夕に満ちた街は、茜と紫の色彩にネオンを輝かせている。


「…そうだなァ、」

同意する癖に机に向かったまま、こちらを見向きもせずに書類に筆を走らせるのは流石の幹部サマだ。

「中原さん、思ってませんね？」
「うーん……、いや？」

「莫迦にしてますか」
「あー？…してねェよ、」


まあそうだよね、幹部サマともなればこんな景色幾らだって見てるわ。
こんなに綺麗な景色なのに、と持った資料を握って更に鎌をかけた

「中原さん、私この色好きなんですけど」

「おう」

「私夕方って結構好きでしてね」

「おー」

「幹部サマは善いですね」

「ん」

「そう云えば今日の夜は任務無いんですか」

「あァ」

「はー、疲れたな幹部サマの補佐は」

「おう」

なんだそれ
影の中でただただ書類と睨みっこ。

私の話なんて左耳から右耳へ流れている事だろう

頭のどこかがカチンと鳴る。
息を吸って景色を眺めながら、不機嫌風味に目を細めた私は云った





「私、中原さんの事好きなんですけど」





どうせ何も聞いちゃいない。
けれどこれは私の本心、それにずっと胸に秘めていた事だ。

だのにこんなにも恥ずかしさがないのね、
と、いつもの適当な返事が返ってくると思っていたのに。

気付けば筆の走る音も消えていて、遂には返事もなくなった

「ちょっと中原さーん、聞いてます？」



_____そう、隣を向いた時だった



「聞いてる」

その一言を置いて、夕日に輝くのはあの双眼。
映る紫が青と混ざって、橙色の髪も琥珀の様に輝いている。

隣に立っていたのは
先程から机に向かっていた中原さん

「え、」

突然の事に戸惑ったのは私の方だった。
帽子を被り直して、その反応を知っていたかの様に目の前で得意気に笑う。

繊細な香りが辺りを包んだ


「___手前が夕方とこの色が好きな事、ああ、あと幹部だからって善い事ばかりじゃねェし手前が疲れたなンて云いだすから今夜の仕事はもう完遂させたぜ？」

チラリと見えた中原さんの背後
資料には中原さんのサイン。

そして次に取られたのは私の資料

「終わったって、え」
「こりゃもう要らねェっつーこと」

それをぽい、と片手でその場に捨てて


「ああ後もうひとつあったな」


後付けされたのは
幹部サマの愉しそうな笑みと




「好きだぜ、A」





聞いていないふりの私。

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