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Adonisは春を呼び1 ページ9

あれから、顎髭は一つの決断をした。
顎髭は様々な病気にかかっていることが判明し、その一つ一つの力は木を紙やすりで削る程度だが、それは塵も積もれば山といった感じで、着実に顎髭の命数を削るものであった。
全ての治療をすれば、金はかかるが、長く生きられるだろう、と言われた。付き添いで来ていた眼鏡は何も言わず、顎髭の意志を尊重した。
結果、顎髭は家にいる。病院で寝起きを繰り返すのと、自宅で寝起きを繰り返すのと、何が違うのだろうと思った。そりゃ、治療が受けられる分、病院の方が楽かもしれないが。
顎髭には、生きている身内がいなかった。金はまだあった。それなら、Zionのマスターがそうしていたように、終活をしよう、と思った。
家は顎髭が死んでも滞りなく売れるように眼鏡に手配してもらい、家の中のもので、必要のないもの、取り扱いに困るものは業者に処分してもらうことになった。
食品はどうしようか、と思っていたら、諸々の手続きを手伝ってくれていた眼鏡が、Zionのマスターを連れてきてくれた。
何をするのかと思って見ていたら、一日三食、三人分作ってくれるのだ。よほどの暇人だな、と笑い飛ばしたところ、独り身のよしみです、と返してきた。そこで、眼鏡が何故わざわざマスターを連れてきたのかわかった。
マスターは誰かと共にいることを「選ばなかった」人なのだ。Zionという場を借りて、僅かながらに人と関わりながらも、家族を持たず、孤独に生きた。マスターはその孤独を好んでいた節があったが。持つ者と持たざる者とでは理解度が異なる。長い長い付き合いで、眼鏡はどうしてもわかりあえないその部分を飲み下し、この結論に及んだのだ。
わからない、わかれないということを認めるのはとても難しいことだ。わかってもらえないことも、受け入れがたい。それを年月ですり減らして丸く収めるなんて、顎髭と眼鏡の関係でしかできないことだろう。
それを埋めてくれるマスターがいたことも幸いだった。眼鏡に似た性格の、顎髭に似た境遇の人。緩衝材にはうってつけだった。
もしかしたら、この最後を受け入れるために、自分たちは出会ったのかもしれない、なんて、悲しいようなことが思い浮かぶくらい。
食事時は賑やかになった。マスターの料理に舌鼓を打ちながら、眼鏡が、料理が上手くなったな、とか偉そうに言い、マスターが何年独り身だと? と。近頃のお決まりの応酬を宥めるのが、顎髭の専らの役割である。

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作品ジャンル:純文学, オリジナル作品
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作者名:九JACK | 作成日時:2021年2月27日 3時

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