揺らぎ【赤】

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振り返らずに歩き出す。

鍵を取り出して、握りしめた。




『待って、Aちゃん』



走ってきた彼が、息を切らしながら私を引き留める。


「どうして…」
『全然言いたいこと言えなかったから。ごめん、俺、』
「でもここじゃあ…」


外から丸見えだ。

彼やミツキくんの家の様に、セキュリティーがしっかりしているわけでもないから。

判断を迫られて焦る。

急いで鍵を開け、エントランスを抜けてエレベーターに乗り込んだ。

扉を開けて、二人とも体を滑り込ませた瞬間、やっと息ができたような気がする。




そのまま動かなくなった宮近くん。


「もう、本当に心臓に悪い」
『ごめん、マジで。Aちゃん目の前にすると頭回んねぇ…』


お店の場所や人、いつもは必要以上に警戒する彼にしてはありえない行動だった。

靴を脱いで部屋に足を踏み入れると、ぱっと引き留めるように左腕を掴まれた。


「とりあえず中に入ろうよ」
『いや、すぐ終わるから。ここでいい』
「でも…」
『あんなこと言ってごめん』


電気もつけずに、狭い玄関で向かい合っていた。

玄関から一段高いところに居るので、心なしか、宮近くんが近く感じる。


『いつのまに海人とそんなに仲良くなってんだよ、って思って』
「それは…気が合うから。宮近くんとだってそうでしょ」
『海人とは、友達ってこと？』
「そう。うみくんは、大切な友達」
『なら、俺も”ただの”友達？』


いきなりの言葉に目を合わせると、彼はもう、先ほどの悲しさを湛えた瞳ではなくなっていた。

少しかかった前髪の隙間から、呆れるぐらいの色気を孕んだ瞳が、暗闇の中で真っすぐに私を射抜いている。


『無理だから』
「…」
『今更Aのこと、友達として見れないよ』


雰囲気が変わった。

声までも、まるで別人のように聞こえる。

甘くて、聞いているだけでくすぐったくなるような。


「でも普通に、四人で遊んでたじゃない、あれは何だったの？」
『いや。もちろんそういう意味では友達だけど、そうじゃなくて』
「じゃあ何なの、」
『まだ分かんねぇの？』




イラついたように、グッと腰を抱き寄せられる。

彼の視線がゆったりと移動して私の唇を捉えた。

顔が近づいてきて、息のかかる距離で止まる。



『嫌なら、殴って』



懐かしい柔軟剤の香り。


私がうつむくと、彼は掬いあげるように、そのひんやりとした唇を重ねた。

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