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「Aちゃん、いる?」

部屋の真ん中に立ったままでいると、障子の外から声が聞こえた。

障子の方を振り返ると、そこには人影が映り込んでいる。




「…はい」
「今、ちょっといいかな。渡したい物があるんだ」

声の主は伊作さんだった。

噂をすればなんとやらだ。噂というか脳内でだけど。



私は手に持っていた着物をとりあえず箪笥の上に置くと、足早に障子の方へ歩み寄り、ゆっくり開けた。
そこには、やはり伊作さんが立っている。
深緑色の忍び装束が夜に溶け込んでいた。



「…あ」
伊作さんは、私の顔を見て一瞬目を見開く。

「…どうかしましたか?」


「ああいや、なんでもない」
ごめんね、と彼は慌てて笑った。
「これ、塗り薬と包帯とガーゼ。山本シナ先生に頼まれてたんだ。お風呂に入ったんだよね。傷の具合はどう?」
「…大丈夫です」

伊作さんが抱えている籠の中には、確かに塗り薬と包帯とガーゼが入っているのが見える。



「っていうか今、右手で障子開けなかった?」
「え?はい、右手で開けました…」


伊作さんは少し怒ったような表情で詰め寄ってくる。

「右手、まだ包帯巻いてないんだから素手のままで使うのは駄目だよ。今障子開けた時も痛かったでしょ」


私は自分の右手を見る。
その肌は赤く爛れている。


「…別に、痛くはなかったと…」
「もー!Aちゃんまたそんなこと言って!痛かったら痛いって言わなきゃだめってさっきも言ったよね?障子くらい僕が代わりに開けるし、もっと周りを頼ってよ」
「…はあ」

ため息のような返事がつい出てしまう。
ほぼ初対面だというのになかなかに言ってくる。
これも彼の優しさなのか。


その時、廊下を歩く足音がこちらに近づいてきた。

「あら?伊作くん」
「山本シナ先生」

部屋の前に布団を1人分抱えた山本さんが戻ってきた。

ちょっとごめんね、とこちらに言う山本さんに、私と伊作さんは部屋の入口を空ける。



山本さんは部屋へと入り、どさっと端に布団を置くと、改めて伊作さんと向き合った。

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作者名:加糖 雪 | 作成日時:2021年4月6日 16時

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