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「───おはようございます、宿儺様。」
「…………。」
しかし、翌日になっても女は変わらずそこにいた。
初めて人間に声をかけられた。
初めて人間に名を呼ばれた。
初めて、人間に。
「おはようございます。」
「何度も言うな、聞こえておるわ。」
「じゃあ返してくださいな。」
「は?」
俺の怒気を孕んだ一音でさえ、女は気にせずに続けた。
「朝起きておはようを言うのが、普通の夫婦と言うものでしょう。」
もう、言い返す気にもなれなかった。
何だ、この女は。
そもそも俺はこいつを妻として迎え入れるなど了承した覚えはないし、何より女も女だ。
どうして俺を前にして、“普通”を語れるというのだろうか。
「…………私、両親がいないんです。」
と、突然に語り出すのは聞いてもない身の丈話。
「居たんですけど、捨てられちゃって。まあ、私が悪いんですけどね。」
朝餉の支度をしながら、決まりが悪そうに視線を落として女は言った。
それ以上は女も言わなかったし、聞く気もなかったが、恐らく女は、“呪われた子”だとでも呼ばれていたのだろうか。
「家族と言うものに、ずっと憧れてたんです。」
優しい、優しい声色だった。
「朝日が昇ればおはようと声を交し、ご飯の前には手を合わせていただきます。そして夜が更けたらおやすみを言い合うんです。」
女が語って聞かせたのは、俗世と関わらない俺でさえ容易に想像が着くような“普通”の暮らし。
一番に頭に浮かんだのは、何故、という言葉だった。
何故そんなに楽しそうに語るのだろうか。
何故この先の未来に希望が持てるのだろうか。
人に忌み嫌われ、蔑まれ、それでいて何故その目に憎しみの色一つ浮かべないのだろうか。
「おはようございます。」
女が笑った。
俺は初めて、人間に笑いかけられた。
「…………おはよう」
「ふふ、今すぐご飯の準備しますからね。」
何が楽しいのだろう。
こんな醜い男の前で、どうしてそんな屈託のない笑顔を見せられるのか。
「いただきます。」
女の明るい声と、それをなぞるような小さな俺の声が部屋に響いた。
湯気の経つ味噌汁と、温かな白米。
初めて食べた温もりのある飯は、俺の冷めきった心に、優しく染み渡った。
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梅鉢朝桜 - 宿儺様ぁ…(泣) 愛してます、もう本当に…。素敵な作品をありがとうございます!!! (2023年4月26日 23時) (レス) @page43 id: 5a6192c453 (このIDを非表示/違反報告)
レナート(プロフ) - 好き……泣きました。。最高過ぎます…。こんな素晴らしい神作をありがとうございます…。 (2022年3月31日 2時) (レス) @page43 id: 3e48fe4f1f (このIDを非表示/違反報告)
ゆいゆい - なんか原作で泣いたことないのに二次創作で泣くのなんで?特に宿儺と夢主ちゃんが最後話していたところが感動しました!応援しています! (2021年8月10日 14時) (レス) id: de4752e106 (このIDを非表示/違反報告)
好きです大好きです - えっ、何でしょうもうなんか凄かったです(;;)色んな夢小説を拝見していましたが、こんな素晴らしい作品初めて会いました!!本当に素晴らしい作品だと思います、読んでいるうちに情景がすんなり頭に思い浮かんじゃいますよ!お2人が幸せになることを祈ってます(^^♪ (2021年7月23日 17時) (レス) id: fdb8e911e1 (このIDを非表示/違反報告)
睡眠時間 - 途中で全てに気づいた瞬間、グッと溢れ出てきた感動、それと同時に作者様の素晴らしさを目の当たりにした。まるで、全てを見透かされていたかのような、先回りされた感じ。←ポエマーしてみました 一言言うと、最高でした大好きですありがとうございました!!!! (2021年4月20日 0時) (レス) id: ee5607c705 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆき | 作成日時:2021年2月9日 22時