・ ページ47
如「海斗?」
ゆっくりと海斗の目が開いて、そこに俺の姿が映る。痰が絡んだ時の苦しそうな表情とは違う、穏やかな表情で視線を外に向けた。
如「…花火?」
反応はない。でも、海斗はじっと花火の音に聞き入っているようだった。
如「ちょっと、待ってて。」
海斗の横顔に声をかけて、俺は部屋の隅にある袋に手を伸ばした。
袋の中から出てきたのは、派手なパッケージで包まれた手持ち花火のセット。いい年して恥ずかしいと思いつつ、海斗から連絡をもらった次の日に買っていたものだ。
都会では、めったに花火はできない。酒の力を借りられれば海斗ものってくれるかもしれない、一緒に童心に帰れるかもしれない、なんて、あの時の俺は淡い期待に胸を躍らせていた。
バケツに水を張って、チャッカマンを用意する。その間、海斗はずっと目を開けていて、痰が絡むこともなかった。
奇跡だ。今しかない。俺は、勢い込んで庭に降りた。煙を吸わせちゃいけないから、線香花火を選んだ。部屋の方を向いて、庭先にしゃがみこむ。
火をつけると、ジーっと小さな音を立てて先端の火球が膨らむ。その音は、すぐにシュッシュッと忙しない音に変わった。
牡丹、松葉、柳、そして、散り菊…
次々と姿を変えて、最後は花の種のような火球がひとり静かに庭に落ちていく。
あっという間の出来事に、俺はほうっとため息を吐いた。冷たい風を感じて、顔を上げる。
如「…海斗。」
海斗の目は、閉じていた。いつ、寝てしまったのかはわからない。蕾の時にはもう寝ていたのか、それとも花が散るのを見届けて目を閉じたのか。
俺は、バケツにたった1本の花火を入れて部屋に上がった。
如「…海斗、花火きれいだったね。来年も、やろうね。」
蕾のように無垢な寝顔に、声をかける。返事はない。
冷えた夜風が、庭から部屋に向かって吹き込んでくる。チリンチリン、と風鈴の澄んだ音色が聞こえた。
「線香花火」fin.
437人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「TravisJapan」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
おさと(プロフ) - る - るさん» る-る様、リクエストありがとうございます!またリクエストいただけたこと、いつもお読みいただけていること、本当に嬉しいです😭長くお待たせしてしまうかもしれませんが、しっかり書かせていただきます、! (2022年8月27日 17時) (レス) id: ede36f8a86 (このIDを非表示/違反報告)
おさと(プロフ) - そらさん» そら様、コメントありがとうございます!またリクエストをいただけるなんて、本当に嬉しいです😭続編、書かせていただけるのが今から楽しみです!またまたお待たせしてしまいますが、気長にお待ちいただけますと幸いに存じます! (2022年8月27日 17時) (レス) id: ede36f8a86 (このIDを非表示/違反報告)
る - る(プロフ) - いつも本当に楽しく読ませて頂いています; ; リクエストなのですが、リアル設定で松倉くんが仕事に疲れ塞ぎ込んでしまっていってしまい段々と仕事にも来なくなりそこで全メンバーが松倉君を助けるお話が読みたいです。分かりにくくて申し訳ないです.... (2022年8月27日 13時) (レス) id: 6d6ceb074c (このIDを非表示/違反報告)
そら - →病気は悪くなるばかり。弱っていく青を見て桃は自信をなくす。そんな姿を見て白も昔を思い出し、桃だからできることがあると励ます。 (2022年8月25日 20時) (レス) id: e020254286 (このIDを非表示/違反報告)
そら - たくさんリクエストある中恐縮ですが、またまたリクエストさせていただいてもよろしいですか。「夢のかたち」の続編で、研修医の桃さんが大きな病気と闘う青の担当に。頑張る青の姿を子どもの頃の自分と重ねてなんとか治してあげたいと奮闘するけど→ (2022年8月25日 20時) (レス) id: e020254286 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:おさと | 作成日時:2022年8月10日 19時