S.tiger【病系短編集】11

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如「海斗さん、かゆいところはございませんかー？」


わざとおどけた声を出しながら、タオルケットをどかして足のマッサージを始める。もちろん、反応はない。


海斗が目を開くのは大体が痰の吸引を必要とするときだから、目を覚まさないのは逆にいいことともいえるけれど、やっぱり寂しい。






交通事故にあってから、弟の生活は一変した。大量の出血の影響で低酸素脳症になって、脳に障害が残った。多くの時間を寝て過ごすようになったのも、痰の吸引が欠かせなくなったのも、そのせいだ。


でも、呼びかけにはきちんと反応してくれる。言葉はまだ話せないけれど、こうしてマッサージをしながら話しかけていると普段より反応してくれる確率が上がるんだ。





「如恵留。」


一瞬海斗の声が聞こえた気がして、思わず肩を震わせる。でも、本当の声の主は俺の後ろに立っていた。



如「…父さん。」

「スイカ、食べるか？」

如「ありがとう、マッサージ終わったらいただこうかな。」


そうか、と言いながら父さんはその場に突っ立っていた。視線の先には、海斗の足がある。



痛々しく、硬直した足。あの事故は、サッカーが上手だった弟の健康な足さえ変えてしまった。





如「…父さんと海斗の声って、結構似てるよね。こいつ、やっぱり父さん似だ。」


空気を変えようと明るい声を出したつもりだったのに、父さんは何も返してくれなかった。しばらく、重たい沈黙が続く。




「…如恵留。」

如「なに？」

「お前、いつ東京に戻るんだ？」


後ろを振り向くと、父さんは悲しそうな表情でベッド脇に膝をつく俺を見下ろしていた。もう、俺の答えはわかっているんだろう。


そっと海斗の足にタオルケットをかけ直して、俺は立ち上がった。



如「…東京には戻らない。ずっと、ここにいる。」

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