夜桜の散る中に…【小説Ver.】 (ページ16)

今日:12 hit、昨日:2 hit、合計:2,593 hit

最高の歌声〔詩学音丸〕ページ16

「識は貼ってくれただろうか」

闇夜に真っ黒な番傘を差して歩くは逢魔ヶ時の災鬼達首領、西國疾夜。
悲しげな赤い瞳をした彼は、マフラーで顔を覆うようにして歩いている。
幼き頃に殺人を繰り返し、快楽を覚えてしまった悲しき災鬼である。

彼はある寂れた集落を目指していた。
その集落は悪い噂が絶えず、崩落寸前だという。
そこに目をつけた彼は、そこから災鬼を生み出そうと考えたのだ。

夫婦で笑っていればどちらかを殺し、母子でいれば子を踏み殺す。
逢引の中なら浮気相手を見つけ晒す。
悲鳴と泣き声、そして恨みの念。
彼にとってそれはご褒美、最高の歌声なのである。

夜桜災鬼殲滅部隊も目をつけないであろうその集落。
疾夜は地面を蹴って空に飛び上がる。
身につけている日本刀を抜くと、真っ赤な羽を羽ばたかせて集落に向かって下降する。
家事をしている家を見つけ、壁を破り木片に火をつけた。それを木造の家に投げつける。
狭い集落、燃え上がる炎は次々と家を襲った。

逃げ惑う人々を少し離れた場所から眺める疾夜。

「もっと苦しめ、殺し合え、憎み合うがいい。その念、俺が報んでやろう」

あちこちから聞こえる悲鳴と誰かを責める声。
赤ん坊や幼子の母を求めて泣く声。
それらは全て彼へのご褒美となった。

「さて、そろそろ生み出そうか」

彼は立ち上がると、集落の真ん中に降り立った。
そして、あの言葉を呟いた。

「反ノ召喚(Invalidation・Summons)」

すると疾夜の足元から黒い円が出てきて、彼を囲むように広がっていく。
彼の能力だ。
半径30㍍以内にいる者の能力を無効化・無力化にする。
その無効化の範囲内にいる者の恨みや憎しみなどの負の念から災鬼を生み出すことができる。
彼は災鬼を生み出すためにこれを使い、その場に座り込んだ。
これを使うと30分は体が動かなくなってしまう。

その代わり、炎に紛れて聞こえる呻き声が彼の疲れを癒した。
この声は、災鬼が生まれる声だ。

「ほんと、これがたまらねェんだ」

本当に小さな集落だ。
夜桜災鬼殲滅部隊が気づくのは明日の朝くらいだろう。
たくさんの呻き声に恍惚の表情を浮かべた彼は、30分待ってから立ち上がる。

「帰るぞ、災鬼ども」

番傘を差して飛び立った彼。
一枚の赤い羽を残して、星一つない空へと消えていった。