九頁目 ページ10
「もし、君が線路の上にいて隣の線路に5人程の人がいたとしよう。そしてその隣の線路にはもうじき暴走し、止まることの出来ない列車が来る」
突然ノートンさんは何か小難しい事を話し出す。
かなり特殊な状況の話のようだが……。ノートンさんは笑顔のまま続ける。
「このままでは確実に彼らは死んでしまうだろう。でも、君の側には線路の切り替えレバーがある。これを倒せば列車は彼らにはぶつからず5人を生かす事ができる」
なんだ、それならばレバーを倒せばいいではないか。だが、
「ただし。そのレバーを倒せば列車は進行方向を変えて君を襲う。
さて君は、レバーを倒す?」
今の言葉を聞いて私は今の判断を下すのが苦となった。
1人の命と5人の命を天秤にかけたような問題だった。
命を重さで計るとするなら間違いなくレバーを倒す方がいい。それが一番だ。
もし、5人が死んで1人が助かったら?
明らかに非合理的だ。1よりも5をとった方がいいに決まっている。それに5人の親族からとやかく言われ、1人で助かった方も「私が死ねば助かった!」と罪悪感に囚われるに違いない。こんなの最初から答えは分かり切っているのだ。
そして私は判断を下す。
「私は……私なら、レバーを倒す事は出来ない。です」
嘘偽りない正直な感想だった。5人を助ける為だけに私が、私だけが死ぬのは嫌だった。
命は命だ。私だって生きているのだから死にたくなんてない。例え非合理的であったとしても。
人は死を目の前にしたら恐怖してしまう生き物だ。だから私はできない。
1人はみんなの為になんて謳うのが常識だが、私にはそんな偽善が出来るほど出来た人間ではない。怖いものは怖い、死にたくないものは死にたくないのだ。
その私の答えにノートンさんは目を丸くしていた。
「へえ、君もそうなんだ。初めて同じ考えを持つ人に出会えたよ」
「……あれ?ノートンさんもレバーを倒さないんですか?」
意外だと思う。
彼ならばなんとなくだが1よりは5をとる派だと考えていた。
人はやっぱり見かけによらないなと実感する。
「僕もレバーは倒さない。やっぱり我が身が一番可愛いものだからね」
なんだか私もホッとした。これが別段変わった考え方ではないと分かって多少なりとも安心する。
「それに、実にラッキーだと思わないか?」
「……ラッキー?」
「そうだよ」と言い放つ彼に少し、不信感を感じた。
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野菜 - 感想ありがとうございます!こんな褒められると思ってなかったので嬉しい限りです。引き続き頑張りますので是非たのしみにお待ちください! (2019年6月27日 16時) (レス) id: d6aefcc85a (このIDを非表示/違反報告)
saniwanotori(プロフ) - 背景推理からとても丁寧に物語を構成されていて読み応えがありました。不穏な描写の表現も天才的でドキドキしながら読ませて頂きました。こんなに面白くてとても素敵な作品に出会えて幸せです!切実に消さないで欲しいと思いつつ、続きを楽しみにしております (2019年6月26日 23時) (レス) id: 9faba28f95 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:野菜 | 作成日時:2019年6月22日 13時