58:俺のもあげる ページ8
食事を終え、店を出る。
松村さんは今回も払う気でいたようだけど、それを全力で拒否してきちんと割り勘にしてもらった。
「北斗、断られてやんの」
レジ前で「今回は絶対に払わせてください！」って言った私に慎太郎さんが笑う。
「男にカッコつけさせてよ」
「彼氏じゃない男の人に奢ってもらうつもりないので」
「…しっかりしてんだかなんなんだかわかんねー」
そこまで言われたらしょうがないな、って松村さんは折れてくれて、お金を払うことが出来た。
本当は松村さんの分も払おうと思っていたけど、それは松村さんにこれまた全力で拒否されてしまったから無理だった。
店を出て歩き出す。
松村さんは何も言わずに、当たり前のように私の家の方面へ向かう。
送るとも、送られたいとも言わないけど、どちらかともなく同じ方向に進むのがなんだか不思議で、それでいてその何も言わない松村さんの優しさが嬉しかった。
「Aさん？」
「はい？」
「明日、頑張ってくださいね」
頑張ってください、は違うのか？なんて松村さんは自分の言葉に首を傾げて困った顔をした。
ちゃんと今の素直な気持ちを樹に伝えなければ、と思った。
向き合うことは少し怖いけど、でも、慎太郎さんにパワーももらえたし。
「Aさん」
「はい？」
松村さんが歩みを止める。
そして、次の瞬間、ふわっと体を包み込まれた。
抱き締められてるんだ、って気付くまでに数秒かかる。
「俺からもパワーあげる」
松村さんの腕の力が強くなる。
より一層近くなったら松村さんの体温に鼓動が早くなる。
「松村さん、？」
「…慎太郎だけズルい」
耳元で松村さんがポツリと呟く。
お店での慎太郎さんとの会話、聞いてたんだ。
「…松村さんのパワー、あったかい」
「なにそれ」
ふふ、って笑う松村さんの振動が体全体に伝わってくすぐったい。
「頑張ります、ちゃんと話できるように」
「ん」
もう一度、腕の力が強くなって、そして腕が解かれていく。
見上げると松村さんは、「行きましょう」なんて少しだけ素っ気ない態度を取る。
でも顔を逸らした瞬間、揺れる髪の隙間から赤くなった耳が見えた。
少し先を歩く松村さんを慌てて追いかける。
揺れる服から松村さんの香りがして、少しだけドキドキする。
それを振り切るように大きく一歩を踏みしめた。
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作者名：もえぎ | 作成日時：2021年9月25日 13時
