56:パワー ページ6
「いらっしゃいませ〜」
店の扉を開けると慎太郎さんの明るい声がやってきた。
慎太郎さんの働く店に来たのは久しぶりだ。
明日、樹と会うと思ったら妙に落ち着かなくて、家にいるのも嫌でここに来たわけなんだけど。
私の顔を見ると慎太郎さんはより一層笑顔になった。
そういう些細なことでも嬉しさを感じる。
「なぁんかありました?また同僚さんのこと?」
案内された席に着いてメニューを見ていると、おしぼりを運んできた慎太郎さんが私の顔を覗き込む。
なんかこんなこと前にもあったな、なんてちょっとだけ面白くなる。
たしかあのときは京本のことで悩んでた。
あのとき慎太郎は時が来たらちゃんと解決するとか言ってたけど、京本のことはまだ解決してないや、そういえば。
こっちはこっちで解決するのかな、本当に。
「ううん、今回は元彼のこと。あと悩んでるわけじゃないんです、別に。ただ明日が来なきゃいいのにって思ってるだけで」
「…それ結構追い込まれてる気がするけどね?」
ははって笑う慎太郎さんの口元に光る白い歯が眩しい。
「まぁそんな状況だから今日は慎太郎さんにパワーを分けて貰おうと思って」
「俺に?」
俺そんな事できるかな〜?なんて首を傾げる慎太郎さんが可愛らしくて思わず笑みが溢れる。
「変顔とかなら得意よ、俺」
「いやそういうのは求めてないんだけど」
「えーじゃあ、北斗の悪口でも言っとく?」
「それ、パワーになります?」
「普段クールぶってる奴の失敗談とかポンコツぶりを聞いたら、なんか元気になれない?」
結構酷いこと言ってるけど、でもちょっとわかるから悔しい。
それが明日のパワーになるかどうかは別として。
「だぁれの悪口言うおつもりかな?」
慎太郎さんがいるのとは反対側から声が聞こえて振り向けば、そこには松村さんが険しい顔して立っていた。
松村さんは目が合うと「どうも」と頭を下げた。
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作者名:もえぎ | 作成日時:2021年9月25日 13時