97:駆ける ページ47
「…ご、めん、京本、っ!」
京本に手を引かれ、マンションの近くまでやってきたところで足を止める。
松村さんに会いたくないだなんて、顔も見たくないだなんて思っていたけど。
でもさっきの松村さんの切なそうな顔を見て、このままでいいわけないって思う自分もいる。
「…っ、」
松村さんのほうへ向かおうとする私の手を京本がもう一度強く握った。
何か言いたげな視線が痛い。
「…そんなに」
「え、?」
「そんなにあいつのこと好きかよ、」
「きょう、もと、」
「何があったかわかんないかど、お前のこと泣かせるような男なんだろ?また傷つくのがオチじゃん」
そんなところにわざわざ自分から突っ込もうとしてるなんてバカなんじゃないの?とでも言いたげな京本の視線。
「俺だったら、お前のこと泣かせたりなんかしないし、傷つけたりもしない。だから、」
その後に続く言葉は、横を通り過ぎたバイクの音で掻き消された。
一瞬、バイクのヘッドライトに照らされた京本の表情は苦しくなるくらいに綺麗だった。
「…ごめん、京本、、本当にごめん…」
握られた手を一本一本丁寧に剥がす。声が震えてしまうのはなぜだろう。
多分、京本と私は、簡単には戻れないところに来てしまった。
もうただの同僚には戻れないし、軽口を叩き合うのだって、きっともう今まで通りには出来ないだろう。
そうしてしまったのは全部私だ。
京本の気持ちを受け入れて、京本と笑い合ったほうが幸せなのがしれない。そのほうが簡単に未来を想像できるもん。
でも。
その未来より、私はもっと、松村さんという人間を知りたいと求めてしまう。追いかけてしまう。
それが例え、遊ばれていて傷つく結果になったとしても、それでも、出来るだけ松村さんと同じ時間を過ごしたいと思ってしまう。
「…行くなら早く行けよ、」
あいつ待ってる、なんて私がこれから向かう方向を見つめて、京本はため息まじりに放つ。
「ごめんなさい、」
「謝るんだったら、もう一回、その手握って家まで引きずってく」
「京本、」
「…だから早く行けよ」
これ以上言われたら惨めだわ、なんて髪をぐちゃぐちゃにして苛立ったような、呆れたような口調でそう言う京本が私の背中を押す。
「京本、ありがとう」
「ん、」
ぶっきらぼうな京本の声を背中に受けると、私は松村さんのところへと駆けた。
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作者名:もえぎ | 作成日時:2021年9月25日 13時