95:逆に ページ45
「…京本、くるしい、」
「あ…ごめん」
声をあげた私にパッと京本は腕を離す。
さっきまで包まれていた熱はあっという間に姿を消したのに、京本の香水の匂いが残っているせいかまだ抱きしめられてるような錯覚に陥る。
「そろそろ帰るか」
「うん、」
歩きながら、時々街灯に照らされる影を眺める。
伸びた影が近づきそうで近づかないのが少しだけもどかしいようなそうじゃないような。
「なぁ、Aってさ」
「なに?」
「あいつのことそんなに気になってんの」
「…うん、」
「あいつのどこがそんないいの」
「…どこと言われても」
一緒にいて落ち着くし、ドキドキもするし、もっと触れたいとも思う。
何が好きで、どんなことで笑って、これまでの人生をどんな風に歩んできたのかそういうのをもっと知りたいと素直に思った。
でもそれを言葉にしようとすると難しい。
松村さんが女の人と親しげに話しているのを見てどうしようもなく胸が痛くて苦しくなった。
私だけって優しく伸ばした手で、他の誰かに触れないで欲しいと思った。
知らないうちに気になってるどころじゃなくて、好きになってたんだって、気付く。
きっと松村さんも私と同じように思ってくれていると思ってたから、沙希さんの存在には正直傷ついた。
思い返せば、キスや抱きしめられたりはすれど好きだとかそういう類の言葉は言われたことはないもんな。
ほら、揶揄われてただけなんじゃん、って。
気づいてまた胸が苦しくなる。
「じゃあ逆に聞くけどさ、京本は、その、えっと、私のどこが、好きなの?」
「えーそれ聞く?」
っていうかなんでそんなしどろもどろなの、なんて京本は笑ったあとで顎に手を当て、んーと考え始める。
「なんでも一生懸命取り組むところ、誰とでも仲良くできるところ、意外と抜けてるところ、負けず嫌いなとこ、」
「わー!!!ちょっと待ってストップ!」
「なんだよ、まだ終わってないんだけど?」
「もう、もういいです」
自分で聞いておいてなんだけど、こんなちゃんと言われるとは思ってもみなかったから恥ずかしさが込み上げてもう、耐えられない。
京本のことだからきっとはぐらかすと思ってたのに、まさか過ぎた。
「Aもしかして照れてんの?」
意外と可愛いとこあんじゃん、なんて笑う京本は笑うけど。
こんな状況で照れない人、逆にいます?!
「…うっさいな、」
笑う京本の肩を小突くと、京本はまた大きくひとつ笑った。
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作者名:もえぎ | 作成日時:2021年9月25日 13時