91:貸してやる ページ41
「なに?ジョギングかなんか?」
肩で大きく息をする私を見て「それにしては格好がアレだけど」なんて冗談なんだか本気なんだかわからないことを言うから、涙がまた滲むことはない。
「…何やってんの、京本、」
「んー?散歩?」
なんで自分のことなのに疑問系なの。しかもこんな夜に散歩って。
京本の家は別路線でここから真逆だし、散歩にしては不自然すぎるんだけど。
ゆっくりと近づいてきた京本。
近づくにつれ、とぼけた表情していたものが次第に慌てたものに変わっていく。
「お前、なんで泣いてんの、」
「泣いてなんか、ない」
「うそつけ」
親指で荒々しく涙の跡を拭う。
その荒々しさが京本っぽくて、少しだけ心が緩む。
このまま一緒にいたら、泣いてしまいそうだ。
「大丈夫だから、」
「そんな顔して大丈夫ってなぁ…お前無理ありすぎるんだけど」
「ほんとに、大丈夫だから」
京本の手を振り払おうとしたら、そのまま手を掴まれて。次の瞬間には京本の腕の中。
「…仕方ねぇから、胸貸してやる」
「きょうも、と」
「だからその間にその顔なんとかしろ」
俺に泣き顔見られんの嫌だろ、お前、なんて。
私のことを一番分かっているのは、ずっと一緒に闘ってきた京本なんだって、こんなところで思い知らされる。
そう思ったら、また視界が大きく歪んだ。
苦しいときに、悲しいときに、こうやって包み込んでくれる優しさがとても温かいものだと今更気付く。
ゆっくりと伝わる京本の体温とその奥で聞こえる鼓動の音に少しだけ安心を覚えた。
そっと目を閉じれば、それがより身近に感じる。
どれくらいそうしていただろうか。
ゆっくりと腕の隙間から顔を上げると、京本と目が合う。
「京本、?」
「なに」
「…散歩、一緒にしたいんだけど」
「急になんだよ」
「ダメ、?」
「はいはい」
京本の呆れたような笑い声が頭の上に降ってくる。
しょうがねぇな、って緩められた腕の力。
離れていく京本の体温に少しだけ寂しくなるなんて、私は都合が良すぎるのかも知れない。
「行くぞ」
「ん」
歩き始めた京本の背中を追う。
少しだけ頬に残った涙の後が夜風に触れて、その存在を主張する。
ゆっくり手の甲でそれを拭う。
小走りで京本の隣へと向かうと、京本はそんな私を見て優しく微笑んだ。
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作者名:もえぎ | 作成日時:2021年9月25日 13時