84:距離感バグ ページ34
さっきの京本とのやり取りとか、松村さんの呪いとか、頭の中はいっぱいいっぱいで。
逃げてきたのはいいけど、どうしたらいいかわからなくて、自販機の前に立ち尽くす。
「なに買うの」
突然、後ろから手が伸びてきたとは思ったら、真横に京本の顔が近づく。
飛び跳ねるように横に離れれば「そんな離れなくてもよくない?」なんて少しだけ悲しそうな表情を浮かべるから、ちょっとだけ申し訳なくなる。
なんか戦線布告された日から距離感が分かりやすく縮められてる気がする。
「だ、って、京本が思ったより近くにいたから、」
「近くにいたらダメなわけ?」
「そういうわけじゃないけど、」
「それとも俺のこと意識してドキドキしてたりすんの?」
してるけど!してるけど、そのドキドキは決して恋愛感情的なものじゃないと思う。
京本の距離感というか積極的な感じに慣れてないせい…多分。
「んで、何買うの」
「…水」
ガコン、と音が鳴ると京本が水を取り出して私の手に乗せる。
そのときに少しだけ触れた京本の指先にまたびくん、って体を揺らすと「ねぇ、そんなに俺のこと意識してくれてんの?可愛過ぎない?」なんて京本が揶揄うように笑う。
「うっさいな!」
「うわ。やっぱ可愛くねぇーわ」
そう言いながらも楽しそうに京本が笑うもんだから、もう一度睨むけど、そんなの全然効かないみたいだ。
「あ、ねぇ今日暇?」
「暇じゃない」
「何があんの」
「家でのんびりする日なの、今日は」
「なるほど…ってことは暇なのな」
「だぁかぁらぁ!暇じゃない!」
「俺さ、あそこ行きたいんだけど付き合ってくんない?」
「聞いてた?人の話」
「前にAと行ったさ、お前の最寄りにある店。あそこ行きたくてさー」
「…は?やだよ」
「なんでだよ、いいじゃん。酔っ払っても送ってけるし」
「そうだけど、」
「それともなんかあるわけ?」
「…いや、べつに」
「じゃあ決定な」
「ちょ、勝手に決めないでよ!」
そんな私の声なんか京本には響くはずもなく。
後ろ手にひらり、と手を振る京本の背中に虚しくぶつかって散らばるだけだった。
べつに何かあるわけじゃない。
京本と一緒にいるところを見られたって別にやましいことがあるわけじゃないけど。
でも、松村さんに会うかもしれない場所に京本と一緒にいたくないな、って。
「…はぁあ、」
盛大なため息をひとつ吐き出すと、デスクに戻るためゆっくりと歩みを進めた。
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作者名:もえぎ | 作成日時:2021年9月25日 13時