53:優しくて温かい ページ3
「私さ、自分が被害者だと思ってた。ずっと信じてた相手に裏切られて、嘘つかれて」
「でも、それは事実とは違って。本当は私を守るための選択で」
「苦しめてたのは私なのかも、って気づいたら、今まで何も知らずに自分だけが被害者で苦しいんだって思ってた自分がすごく醜くて、最低の人間に思えて」
私は知らず知らずのうちに樹を苦しめて傷つけてたんだってそう思ったら、喉の奥に何かが詰まって上手く呼吸が出来なくなる。
「どうしたらいいのか、もうわかんないよ、」
「また隣に立って笑って。でもそれは純粋に前みたいな感情だけじゃなくて。どこかで懺悔の気持ちを抱えて」
樹と仮にやり直すとして。
それは互いにとっていい選択なのだろうか。
樹が隠していた真実を知った上で、また前みたいに笑い合うことなんて出来るとは思えなかった。
もし、それが仮に出来たとしても、それは結果的に樹のことを苦しめることになるのではないだろうか。
「…そうまでして一緒にいることに意味はあるのかな」
それは果たして幸せなのだろうか。
樹も私も。
「うーん、難しいな」
阿部くんが頭を掻く。
ごめん、ただの独り言だと思って聞いてって言ったくせに、結局縋るように答えを求めてる。
「どうするのが正解かはわからないけど。でも、Aさんが思ってること、そっくりそのまま、相手に伝えてみたらいいんじゃないかな？」
「それが結果的にお互いを傷つけることになるかも知れないけど、でもいつまでも避けてどうしようもないところまで行ってしまうよりはマシだと思うよ」
「それに」
阿部くんが真っ直ぐこちらを見る。
「それに、？」
「俺だったら、傷つけるんじゃないかっていつまでも避けられてるほうが辛いから」
ちゃんと向き合ってもらったほうが、自分のことを考えてくれたんだって感じられて嬉しいと思うよ、と阿部くんは続けた。
「って、聞き流すって言ったのに偉そうに言っちゃった」
ごめんね？って首を傾げた阿部くん。こちらに向けられた笑顔が優しくて温かい。
消去法で選んだなんて言ったけど、本当は阿部くんに聞いてもらいたかったのかもしれない。
「阿部くん」
「ん？」
「ありがとう」
「どういたしまして」
阿部くんはそう言うとまた優しく笑った。
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作者名：もえぎ | 作成日時：2021年9月25日 13時
