32:俺だけ ページ32
「ただいま？」
おかえり、なんて言われて一瞬心臓が止まりそうになった。
それは誰かにおかえりなんて言われたのが随分久しぶりだったせいだと思いたい。いや、絶対そう。
「なんで疑問系？」
なんて松村さんはケラケラと楽しそうに笑い声をあげる。
この人意外と笑いのツボ浅い人？
「同僚さんなんて？」
「家に着いたら連絡しろって言われてて。しなかったから、また知らない男についていったのか、って」
「また？」
松村さんが何か言いたげな視線を向ける。
知らない男についていったり、知らない男を家にあげたりそういうこと何度もしてんの？みたいなそんな視線。
「いや、ちがっ、そんな貞操観念の低い女なわけじゃ、」
どっちも松村さんしかしてないんだけど、それを言ったらそれでなんか変な感じにならない？
でも松村さんを家にあげてる時点であながち間違ってないし、強く否定も出来ない。
「へぇー？」
そう言って向けられた松村さんの視線に言葉が詰まる。
何を言っても墓穴掘りそうな気がして仕方ないこの状況。
どう言ったらいいのか、言葉を探すけど上手い言葉が見つからない。
早く何か言わなきゃって思えば思うほど、喉の奥に言葉が詰まっていって苦しい。
「…ごめんなさい、意地悪しすぎた」
松村さんの手が私の頬に触れる。
「俺、Aさんのこと全然そんな風に思ってない」
ゆっくりと頬を滑り落ちる松村さんの少しだけゴツゴツした指先。
その指に導かれるように顔をゆっくりとあげると、子犬みたいな顔してこちらを見つめる松村さんの顔。
「…俺だけでしょう、？」
勘違いしてもいいんでしょ、と不安そうに、でもどこか期待するように、視線を向けられる。
その視線に、こくん、と頷くと、松村さんは安心したように笑い、もう一度私の頬を優しく指で撫でた。
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作者名：もえぎ | 作成日時：2021年9月15日 22時
