25:ドキン ページ25
「松村さん」
「どうも」
ペコリと頭を下げた松村さんのくるん、とした毛先が小さく揺れる。
「なかなか大変そうでしたね?」
え、まさか。
その発言は。
「まさか、見てました?」
「ふは、見てました、ごめんなさい」
「うわ、最悪。恥ずかしすぎて死ねる」
ただでさえ駅前であんなバカでかい声出されて恥ずかしいのに、それを知り合いの、しかも松村さんに見られてたとは。
いつか絶対、京本のことシメる。決めた。
「ちなみにどこらへんから?」
「んー、家どっちなんだうんぬんのあたりから?」
「…めっちゃくちゃ最初じゃないですか」
余計恥ずかしいじゃん。なんなの、京本、あいつ。
「声かけてくれたらよかったのに、」
見てたなら助けて欲しかった、なんて。
そんなの無理なのはわかってるけど。
「俺、他の男と一緒にいるときに声かけられるほどKYでもなけりゃ強靭なメンタル持ち合わせてるわけでもないんで」
「まぁそりゃそうですよね」
あの瞬間話しかけられてたら、なんかまた変な方向に話が拗れそうだし。
でも、あんなところ松村さんに見られたくなかったな、なんて。
「Aさんめちゃくちゃ大切にされてますね」
俺、あんな風になりふり構わずなんてできないや、なんて松村さんは笑う。
「いや、大切っていうよりも、信用されてないっていうか」
「そうですか?新しい彼氏なのかな、って思っちゃったけど」
「ちょっ、違う!京本はただの同僚で、!」
やっぱり変なカップルみたいに見えてるんじゃん、最悪。
しかも松村さんにまでそんな風に思われたなんて。
思われたなんて?思われてなんか不都合あるの、か?
「慌てすぎです、Aさん」
ふはは、って堪えきれず松村さんが笑い声をあげる。
あ、松村さん笑ったら、八重歯見えるんだ。可愛い。
「意地悪して、すみません」
「いや、全然」
「でもなんかちょっと焦っちゃった、俺」
「え、?」
松村さんの言葉の意味がわからなくて、松村さんを見る視線が止まる。
「いえ、なんでもないです」
何か含みを持たせた松村さんの視線がこちらに向けられる。
こてん、って首を傾げた松村さんは、小さく笑った。
その瞬間、私の胸の奥の方がドキンとひとつ音を立てた。
.
944人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:もえぎ | 作成日時:2021年9月15日 22時