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その日のご飯は父親の上司の手作りだった。しかし、その上司もここに長くはいれないらしい。よって、明日以降の食事は自分で調達することになる。
「それで、食料は配給されるんですか?」
「ああ、一応届くには届くよ。東雲さんの娘さんだっけ、花嫁修業には丁度いいんじゃないかな」
上司はどうやらこの帝國図書館の館長らしく、この図書館の仕組みは誰よりも熟知していた。食後、Aは館長から食堂のどこになにがあるのかということを一通り聞くと図書館に派遣されて初めての仕事を任命された。
「さっき徳田くんが診療所へ向かったろう、ここに昨日の作り置きがあるからそこまで運んでいってくれないか」
「わかりました」
そしてAは黒く塗られた木製の盆の上に三品、食を乗せると早足で診療所まで向かった。
「……失礼します」
診療所はぼんやりと薄暗かった。まだ夜にもなっていないというのに、この暗さは異常だとAは思った。あの一番奥の寝台に徳田さんがいるのだろうか。Aはその寝台を囲う布を開けて、寝台に横たわる秋声に向けて挨拶をする。
「今日の夕食です、召し上がってください」
「……ああ、うん。そこに置いといて」
秋声は布団から腕をのっそりと出して、枕元の机を指さした。Aは指示通りそこに食事を置くと、ちょっとしたら好奇心から秋声に会話をしようと試みた。
「徳田秋声さんですか?」
「うん、そうだけど……どうせ知らないでしょ」
「そんなこと言わないでくださいよ、私、昔徳田さんの小説を読んだことがありますよ」
「昔? ただでさえ若いのに僕の小説がわかるなんて、おかしな人」
Aは思った。この図書館にいる文豪はどちらも系統は違えど会話が難しいと。
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作者名:逆さ天然水 | 作成日時:2017年7月23日 9時