甘くて、しょっぱい_3 ページ19
『え…』
「ついてってやりてぇんだけどな、…起こす訳にもいかねぇだろ」
松田は、長い手を伸ばして器用に優也の肩を支えていた。
それは、Aの身体を閉じ込めるような体勢でもあって。
後部座席を覗き込む松田は、
小さな水滴と街頭の光で、黒くうねった髪をキラリと染めていた。
『あ…』
Aは、優也と松田の顔を交互に見つめながら少し迷った後、
『あ、ありがとう、…ございます』
と言って、
松田の身体と必然的に密着しながら、
ゆっくりと、器用に身体を動かしてすり抜け、車から出ていった。
松田に小さく頭を下げると、
少し雨に足を取られるようにして、小糠雨に濡れながらデパートに走っていくA。
そうして、Aと入れ替わるようにして松田は後部座席に乗り込んだ。
ドアを閉めると、振動で、優也の頭がその肩に乗せられた。
じんわりと感じる重力に少し戸惑った松田だが、
しかし、複雑そうな、とても柔らかい目をして彼の横顔を見つめていた。
"何も出来ない"
Aが、そう言って泣いていたことは知る由もない優也は、
姉だと思っているのか、無防備に松田に身体を預けていて。
「渡したメモは、…あまり意味はなかったみたいですね」
「…」
「桜庭さん、夕食を買いに行ったんだと思います」
「は？」
「…一応、ルームサービスのあるホテルではあるんですが、
ホテルの人間だとしてもあまり室内に入れたくはないのか、利用していないみたいで。
優也くんだけを置いて、買い物に行く訳にもいかなかったでしょうけど…」
フロントガラスを見つめたまま、独り言のように話す小嶋。
“優也だけを”という言葉は、そこに、警察官である自分を含めていないようで。
一瞬、シンと静まった車内に、
「…アンタたちのせい、だろうがよ」
と、低く、小さな松田の声が響いた。
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作者名：white12
| 作成日時：2023年2月7日 18時
