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階段を上って、突き当りを左、その右奥に彼の居室はある。
敷かれた豪奢なカーペットは、ヒールで歩こうと音と言う音を吸収するので、今日も廊下は静かである。間接照明が常に明るさを失わせない。
照明が必要な時間では無いが、『万一の場合』を想定しての事である。
扉の前に辿り着き、軽く拳を作ってノックをした。
「鬱様。エルジュです」
扉の奥からはほんの少しの布の掠れる音。つまりはそう言う事である。
何時も通りの幹部の状態に小さな溜息を吐いてから、何の返事も無いのを気にせず、「失礼します」と断ってから、躊躇なく扉を開けた。
「鬱様」
部屋に足を一歩踏み入れて再度名を呼んでみるが、何の意味も無さそうだ。
諦めて私は許可も無く部屋にずかずかと入り、其の奥、ベッドのある場所まで迷いなく進む。そうしてから、容赦なく布団を引っぺがした。
案の定、お目当ての「彼」は其処に居た。
「あう……あと一時間……」
「今何時だと思っておいでですか。冗談は仕事終わらせてからにしてください」
情けない幹部の寝姿を一瞥してから、無理矢理上半身を起こした。少しは眼が醒めるだろう。
「もう一寸は上司の扱いしてよ……」
寝ぼけ眼を擦りながら唇を尖らせる我が上司は、未だ頭が冴え切ってはいないらしい。
「勿論で御座いますよ。ちゃんと執務をこなして下さるのなら」
「ちゅめたい……」
クリーニング済みのスーツに糊の効いた白いYシャツ、何時ものネクタイを近くに置いてから、其の場を離れた。
此処までが、何時ものデフォルトである。
少しは自制の効いた生活を送って欲しいのだが、どうも彼はそうもいかないらしく、常にこういう事態になる。そして、余りに其れが『普通』であり過ぎるので、最早誰も強く咎めない。
自分がこの人の補佐に就任したのは、此のだらけ切った生活を一新する為なのだろうか。
だとすると、余りに効果の薄い策である。
自分が迎えに行く迄惰眠を貪って居た彼が、何よりの証左だった。
珈琲を淹れ、灰皿に積もった吸殻を処理していると、最低限に身支度した我が上司が欠伸をかましながらゆっくりと寝室の方から出て来た。長く垂らした前髪こそ何ともないが、後ろの髪がひょんと跳ねているのを見て肩を竦める。
寝癖を指で指摘しながら、温かいマグカップを手渡した。
「お早う御座います、鬱様」
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かなと - 編集画面の関連キーワード入力の下をよく読みオリジナルフラグをお外し下さい違反です (2019年8月20日 18時) (レス) id: fb24f34b5f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:遥彼方 | 作成日時:2019年8月20日 18時