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扉を叩く音は立てない ページ9

揃ってグラスに口をつけた彼らと私との間に、少しの沈黙が流れた。カクテルを作ることに自信がないわけではないが、彼らに提供するとなると話が違う。私からすれば、このカクテルは彼らへのファンレターのようなものだから。

数秒の静寂。店内には他の雑音が存在しているにもかかわらず、私にとっては重苦しい空気がずっと続いているような感覚だった。あんまり美味しくなかったのかな。何と言葉を掛けるべきか悩み、トレンチを持つ手が震え出す。

「わ、美味しい…!」

しかし、どうやらそんな考えは取り越し苦労だったらしく。

「甘くて、すっごく飲みやすいです。」

真っ先に言葉を上げた山本さんは、続けてそう称賛の声を上げた。目尻を溶けてしまいそうなほど細め、眩し過ぎるくらいの笑顔を浮かべている。

「…山本さん、ありがとうございます。」

嬉しさを噛みしめるように、私はトレンチを抱えて頭を下げた。このカクテルの特徴とも言える高貴な甘味と口当たりの良さ、その二つが伝わっている。お客さんとして感じて欲しかったことがしっかり届き、さらに推しとして自分の作ったものを褒めてくれたことが、嬉しくて仕方なくて。

「あれ、僕の名前…。」

キョトンとする彼の声、そして驚いた表情を浮かべたのは彼だけではない。席に着く六人全員が、揃いも揃って同じような表情を浮かべて私に注目している。

「さっき、会話の中でお聞きしまして。」

私は咄嗟に、そんな嘘を吐いた。皮肉なほど鮮やかな、真っ赤な嘘。

勿論説明するまでもなく、私は山本さんを含む彼らのことをよく知っている。本当は今すぐにでもファンであることを告白して、長年積み上げて来た彼らに対する愛を伝えたい。

しかし、もし今私がファンだと公言してしまったら、彼らに不快感を与えかねないだろう。プライベートで訪れるはずの店で、わざわざ有名人と言う肩書きを背負いたいわけがない。まして本音が零れるお酒の席で、そんな重荷を抱えたいと言う方が稀である。

そんなことを考えた上で、私は自分の欲求をぐっと心に抑えた。きっとこんなチャンスはきっと人生で一度しかないだろうけど。それよりも私は、彼らにこの一時を心から楽しんで欲しいという感情の方が大きかった。

「ああ、そうだったんですね。」

大袈裟に反応してしまってすみません、と彼は頭を下げた。無理もない。若者からの知名度が絶大な彼らは、いつ何時でも有名税を搾取されているのだろう。

カウンター越しに見える世界→←グラスの氷はもう溶けた



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萌衣(プロフ) - akiakiさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!ニコラシカは「決意」「覚悟を決めて」というカクテル言葉を持っており、その後の展開を示唆するような存在になっていました。そう言って頂けてとても嬉しいです(;;)良ければ続編もよろしくお願い致します…! (2020年12月4日 7時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
akiaki(プロフ) - 少し遅れましたが、心打たれたので感想を書かせていただきますね。“決意”ですか。良いですねぇ (2020年12月3日 23時) (レス) id: 9ea9a75c9d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - みるくてぃーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!実は主人公が選ぶカクテルは、全て思いや感情とリンクするように描いていました。それに気付いて下さって、更に調べて下さるなんて、嬉しい限りです(;;)長くなりますが、良ければ完結までよろしくお願い致します…! (2020年11月14日 8時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
みるくてぃー(プロフ) - コメント失礼します!カクテル言葉、存在を知ってはいましたが、ひとつずつの意味を知るのは初めてで調べることも楽しかったです(*^^*)また更新楽しみにしています! (2020年11月13日 22時) (レス) id: c5c88d3947 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - たーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!この作品が毎日の楽しみの一つになれているなんて、とっても嬉しいです(;;)素敵なお言葉、本当にありがとうございます。長くなりますが、良ければ完結まで見守って頂けたら嬉しいです…! (2020年11月10日 23時) (レス) id: cd279427a1 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:萌衣 | 作者ホームページ:   
作成日時:2020年10月21日 16時

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