未来へ繋がるはじめの一歩 ページ48
平日の宵の口、私に着信とは珍しい。軽く手を濯いでスマホを手に取ると、画面には店長の名前が表示された。知り合って七年経つが、電話が来るなんて今日が初めてである。私の連絡無粋な性格を知って、普段から滅多に文字でのやり取りだってしないのに。それに加えて、一週間前にお見舞いに行ったばかりである。一体何だろう。
「…はい。」
私は緑のボタンをタップして、スピーカーの音量を上げた。電話の相手が彼ならばと、再び包丁を手に取り作業を再開する。
「もしもし、今取り込んでる?」
「いや、大丈夫です。」
店で仕込みをしていると言えば、労働環境や残業量を憂慮されそうで言わなかった。自らの意向でやっているのだから、余計な心配をさせたくはない。まして店長とは言え、今は病人であるし。
「ああ、それなら良かった。」
テレビの音声と包丁が下ろされる音に混じって、安堵の声が聞こえて来た。様々な音が交錯して、店内はいつもと違う賑わいを見せている。それに続いて耳に飛び込んだのは、予想すらしていなかったニュースだった。
「実は治療が順調で、今月末には退院出来ることになって。」
「え…!」
思わず私は、店内に響き渡るほどの大声を上げた。一番に現れた感情は、言わずもがな嬉しさだった。スピーカーから聞こえる店長の声色が普段より格段に明るくて、歓喜の気持ちがひしひしと伝わって来る。
「本当に良かったです、おめでとうございます。」
「はは、ありがとう。」
表情は見えないにもかかわらず、私は自然と喜色の表情でそう言葉を発していた。
「店のこともありがとね。大変だったでしょう。」
「大変でしたけど、とても楽しかったです。」
そして店長の退院は、私の臨時店長職の終わりを暗示していた。その肩書きが外れたからと言って、この店をクビになるわけではない。ただのアルバイトに戻るだけで、特に何かが変わるわけでもない。少し給料と仕事量が減って、寝れる時間が増える。変化と言えば、それくらいである。
「そう思ってくれるなら良かった。本当にお疲れ様でした。」
しかしきっと、決断するなら今だろう。
まさかこの言葉を口にする時が、こんなに早いと思ってなかったけれど。それでも心の準備は不必要なくらいには、私の気持ちは固まっていて。
「店長、私からもお話があって。」
ゆっくりと深呼吸をして、私は口を開いた。
「店長が復帰するタイミングで、このお店を辞めさせて頂きたいんです。」
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萌衣(プロフ) - akiakiさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!ニコラシカは「決意」「覚悟を決めて」というカクテル言葉を持っており、その後の展開を示唆するような存在になっていました。そう言って頂けてとても嬉しいです(;;)良ければ続編もよろしくお願い致します…! (2020年12月4日 7時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
akiaki(プロフ) - 少し遅れましたが、心打たれたので感想を書かせていただきますね。“決意”ですか。良いですねぇ (2020年12月3日 23時) (レス) id: 9ea9a75c9d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - みるくてぃーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!実は主人公が選ぶカクテルは、全て思いや感情とリンクするように描いていました。それに気付いて下さって、更に調べて下さるなんて、嬉しい限りです(;;)長くなりますが、良ければ完結までよろしくお願い致します…! (2020年11月14日 8時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
みるくてぃー(プロフ) - コメント失礼します!カクテル言葉、存在を知ってはいましたが、ひとつずつの意味を知るのは初めてで調べることも楽しかったです(*^^*)また更新楽しみにしています! (2020年11月13日 22時) (レス) id: c5c88d3947 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - たーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!この作品が毎日の楽しみの一つになれているなんて、とっても嬉しいです(;;)素敵なお言葉、本当にありがとうございます。長くなりますが、良ければ完結まで見守って頂けたら嬉しいです…! (2020年11月10日 23時) (レス) id: cd279427a1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:萌衣 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年10月21日 16時