望んだ現在の終着点 ページ44
ポートワイン。名前の通りワインの一種で、葡萄果汁の甘味を残しているため口当たりは比較的甘め。七年この仕事をやっていれば、このお酒がどんなものかなんてすぐに説明出来る。だから、カクテルじゃないのに意味を持っていることだって、当然私は知っている。
私は黙って、目の前に置かれたグラスを見つめ続けていた。丁寧に注がれたワインは、気泡を伴うことなく独特の艶を保っている。その言葉に恥じない上品な香りが僅かに伝わり、私はそっと瞼を閉じた。
『伊沢さんは、カクテル言葉をご存知ですか。』
あの日の言葉が、ふと脳裏に蘇る。世間話に過ぎないこの話題を、覚えていてくれたことが純粋に嬉しかった。知識が好きな彼のことだから、きっと私が想像する以上にたくさん調べてくれたのだろう。そうでなければ、カクテル言葉と言われてワインの持つ言葉にまで辿り着くはずがない。
そんな彼のことを、私は心の底から好きだと思う。
「…ごめんなさい。」
しかしそれは、あくまで人間としての好きであった。その理由を聞かれれば、私は言葉に詰まってしまうけれど。この間に、恋愛に纏わる感情はきっとない。少なくとも、今は。
「私、ワインは苦手なんです。」
誠実で真っ直ぐな彼の瞳を、私は直視することが出来なかった。罪悪感とも言い切れぬ、不思議な感情に心が占拠されてしまって。
「そっか。ごめんね。」
彼の、悲しげな声がした。それは一色淡に表現することが失礼なほど、何色もの感情や気持ちが混ざり合って、広がっているような感触がして。
私たちの気持ちの温度差は、余りにも大き過ぎたのだろう。きっと先に気付くことが出来たとしても、埋め合わせることなんて出来ないくらいに。
そして元より、ベクトルが向く方向すら真逆だったんだろうけれど。だとしたら、どんなに進んでも見つけることなんて出来るはずがない。
「やっぱり、Aさんに作ってもらおうかな。」
「勿論でございます。何でもお作りしますよ。」
彼はワインをぐっと飲み干すと、勢い良くソファに腰を下ろした。その反動で立ち上がった私に、彼は今までと変わらない笑顔を向けている。この一時のことなんて無かったかのような素振りが、俳優を疑うほどに自然であった。
「じゃあ、オレンジジュースにしよう!」
「…はい?」
動揺する私に、彼は嘘だと言いながらケラケラと笑った。いつもの空間に、いつもの空気が流れ始める。結局私はまた、彼の優しさに救われてしまうのだ。
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萌衣(プロフ) - akiakiさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!ニコラシカは「決意」「覚悟を決めて」というカクテル言葉を持っており、その後の展開を示唆するような存在になっていました。そう言って頂けてとても嬉しいです(;;)良ければ続編もよろしくお願い致します…! (2020年12月4日 7時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
akiaki(プロフ) - 少し遅れましたが、心打たれたので感想を書かせていただきますね。“決意”ですか。良いですねぇ (2020年12月3日 23時) (レス) id: 9ea9a75c9d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - みるくてぃーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!実は主人公が選ぶカクテルは、全て思いや感情とリンクするように描いていました。それに気付いて下さって、更に調べて下さるなんて、嬉しい限りです(;;)長くなりますが、良ければ完結までよろしくお願い致します…! (2020年11月14日 8時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
みるくてぃー(プロフ) - コメント失礼します!カクテル言葉、存在を知ってはいましたが、ひとつずつの意味を知るのは初めてで調べることも楽しかったです(*^^*)また更新楽しみにしています! (2020年11月13日 22時) (レス) id: c5c88d3947 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - たーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!この作品が毎日の楽しみの一つになれているなんて、とっても嬉しいです(;;)素敵なお言葉、本当にありがとうございます。長くなりますが、良ければ完結まで見守って頂けたら嬉しいです…! (2020年11月10日 23時) (レス) id: cd279427a1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:萌衣 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年10月21日 16時