暗くて怖いの反対側 ページ35
「そうだ。この後、用事ある?」
人の流れに沿って少し歩いたところで、彼はそんな言葉を口にした。
「いえ、特には。」
一体どういう意味だろう…なんて。そんな漫画の主人公のような心情は、一切出て来るわけがなかった。数十年生きていれば、余程の天然でない限りこの台詞の先なんて想像が付く。そして期待する。私は少し高鳴る胸が伝わらないように、平静を保った声色でそう答えた。
「これから伊沢さんこうちゃんとご飯行くんだけど、良かったら一緒にどうかな。」
「えっ。」
プライベートでも三人でご飯に行くのか。やっぱりQuizKnockは尊いな…じゃなくて。
想定内と言えど、あまりに光栄過ぎるお誘いである。誘われることを予測した上で期待していたものの、嬉しさを踏破してむしろ後退りしてしまった。
「そんな、私なんかが、」
こんなに素敵なメンツの集まりに、私なんかが参加するのは気が引けた。私が入ることで偏差値は爆下がりするし、高学歴な彼らの会話について行けるはずがない。自分のお店に来てくれる時とは話が別である。普段はあくまで客と店員の関係だが、このお誘いはその関係を遥かに超えているじゃないか。…いや、それも最高に幸せな話ではあるけれど。
ほんの数秒の間に思考回路を毛細血管まで巡らせた後で、私は泳いでいた視線を再び彼に向けた。私の思い焦がれる相手は、夕焼けの背景が良く似合う。
「Aさんが来てくれたら、きっと喜ぶよ。」
僕も嬉しいし、と言葉を続け、彼は頬を緩めた。
…全く。一体私は、山本さんに何度恋をすれば済むのだろう。
「…じゃあ、お言葉に甘えて。」
「お!本当に!」
私の言葉を聞いた瞬間、彼は効果音が付きそうなほど明るい笑顔を浮かべた。私が照れてしまうほど、体中から喜びのオーラが溢れ出ている。こんなに直接的に感情を表現出来ることが羨ましいくらいに。
「美味しい焼き鳥屋さんなんだって。伊沢さんのお勧めだから、間違いないよ。」
夕映えが、微かに黒を含んだ色彩へと混じっていく。立ち並ぶ建物にはやがて陰影を作り始め、透明に艶めくガラス窓も蛍光色に光る看板も、全てが徐々に闇の存在を表し出した。冬の先駆けとなるような風が吹き下ろし、ワンピースの裾を流れるように揺らす。
「ふふ、期待してます。」
そんな景色も、空気も、今の私には何の鬱陶しさも感じさせなかった。むしろ、幸せだった。これから来る冬と言う季節に向けて、私は未だ何も身支度が出来ていない。
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萌衣(プロフ) - akiakiさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!ニコラシカは「決意」「覚悟を決めて」というカクテル言葉を持っており、その後の展開を示唆するような存在になっていました。そう言って頂けてとても嬉しいです(;;)良ければ続編もよろしくお願い致します…! (2020年12月4日 7時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
akiaki(プロフ) - 少し遅れましたが、心打たれたので感想を書かせていただきますね。“決意”ですか。良いですねぇ (2020年12月3日 23時) (レス) id: 9ea9a75c9d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - みるくてぃーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!実は主人公が選ぶカクテルは、全て思いや感情とリンクするように描いていました。それに気付いて下さって、更に調べて下さるなんて、嬉しい限りです(;;)長くなりますが、良ければ完結までよろしくお願い致します…! (2020年11月14日 8時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
みるくてぃー(プロフ) - コメント失礼します!カクテル言葉、存在を知ってはいましたが、ひとつずつの意味を知るのは初めてで調べることも楽しかったです(*^^*)また更新楽しみにしています! (2020年11月13日 22時) (レス) id: c5c88d3947 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - たーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!この作品が毎日の楽しみの一つになれているなんて、とっても嬉しいです(;;)素敵なお言葉、本当にありがとうございます。長くなりますが、良ければ完結まで見守って頂けたら嬉しいです…! (2020年11月10日 23時) (レス) id: cd279427a1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:萌衣 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年10月21日 16時