変化はきっと幸福の指針 ページ32
まだ昇り切らない日光が、秋らしく青色に澄んだ空で輝きを放っている。定休日である今日、私は膝下まで広がるブラウンのワンピースを身に纏い、スーツを着た人ばかりが占拠する電車に揺られていた。彼らは秋晴れなんて気にも留めず、疲れた表情でスマホに広がる別の世界に視線を落としている。私からすれば久しぶりに見るこの光景も、彼らにとっては目に余るほど既視感のある光景なのだろう。
再び窓の外の流れゆく景色に視線を移したところで、私はそっと微笑んだ。銀杏並木がまるで世界をキャンパスにしたかのように、この街を鮮やかに彩っている。
社会人になっても、この景色に感動出来る人間でいたいな。
自然と湧き出たのはそんな平和な願いで、私は思わず笑ってしまった。こんな穏やかなことを考えるようになったなんて、何だか信じられない。少し前まで、自分のアイデンティティなんてどうでも良かったのに。ただ適当に何処かで社会人をやれれば良いや、としか考えていなかったのに。
景色が広がり始めた時、目的地に着くアナウンスが聞こえて来た。
「A。いらっしゃい。」
無機質な白い部屋の中、ベッドを起こした彼は笑顔でこちらに振り向いた。その顔に浮かぶしわと聞き慣れた優しい声が、私に実家のような安心感をもたらしている。
「こんにちは、店長。」
鞄を肩に掛け直し、私は一つ会釈をしてから病室へ足を踏み入れた。彼しかいなかった静寂の宿る空間に、私のヒールの音が響き渡る。
「まさか、Aがお見舞い来てくれるなんて思ってもなかったよ。」
机に買ったばかりのフルーツの盛り合わせを置くと、彼はそれを手に取って笑った。腕に刺さる点滴と入院前よりやせ細った腕が、この病室生活での苦労を物語っている。完治する病とは言え、やはり長期入院となると心身ともにやられるに違いない。しかし楽しそうに笑顔を浮かべる彼を見て、私はそれを口に出すことを止めた。
「どれだけ薄情者だと思ってるんですか。流石に行きますよ。」
「はは、ありがとう。」
…まあ、店長が入院してからもう半年経ってるんだけどね。
私が収納の陰に隠れていた椅子に腰掛けると、彼は早速フルーツのパックを開け始めた。もうすぐお昼ご飯だと言うのに、今食べてしまって大丈夫なんだろうか。まあ、本人が元気そうならば何でも良いか。
「お店はどう。上手くやってる?」
爪楊枝に突き刺したオレンジを口に運び、彼は徐にそう言葉を発した。
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萌衣(プロフ) - akiakiさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!ニコラシカは「決意」「覚悟を決めて」というカクテル言葉を持っており、その後の展開を示唆するような存在になっていました。そう言って頂けてとても嬉しいです(;;)良ければ続編もよろしくお願い致します…! (2020年12月4日 7時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
akiaki(プロフ) - 少し遅れましたが、心打たれたので感想を書かせていただきますね。“決意”ですか。良いですねぇ (2020年12月3日 23時) (レス) id: 9ea9a75c9d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - みるくてぃーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!実は主人公が選ぶカクテルは、全て思いや感情とリンクするように描いていました。それに気付いて下さって、更に調べて下さるなんて、嬉しい限りです(;;)長くなりますが、良ければ完結までよろしくお願い致します…! (2020年11月14日 8時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
みるくてぃー(プロフ) - コメント失礼します!カクテル言葉、存在を知ってはいましたが、ひとつずつの意味を知るのは初めてで調べることも楽しかったです(*^^*)また更新楽しみにしています! (2020年11月13日 22時) (レス) id: c5c88d3947 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - たーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!この作品が毎日の楽しみの一つになれているなんて、とっても嬉しいです(;;)素敵なお言葉、本当にありがとうございます。長くなりますが、良ければ完結まで見守って頂けたら嬉しいです…! (2020年11月10日 23時) (レス) id: cd279427a1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:萌衣 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年10月21日 16時