エンドロールで太陽は昇って ページ31
彼は、決して特別な人間なんかじゃなかった。それはきっと須貝さんだけじゃなく、山本さんも他のQuizKnockの方々も、みんな同じだろう。みんな同じ人間で、悩んで苦しんでそれでも努力して、色んな壁にぶち当たりながら生きている。そして私も、きっと彼らと同じだから。
「須貝さんは、十分頑張っていますよ。」
あの時の自分に言いたかった言葉が、流れるように口から落とされた。
「演者としても、研究者としても、…誰も知らないところでだって、須貝さんはもう十分頑張って来たじゃないですか。」
彼が持つ感情が、その努力を証明しているから。
「……Aさん、」
じっと私を見ていた彼の瞳から、じわりと温もりのある涙が零れ落ちた。
手元に置かれた太陽は、もうすっかり顔を出している。このカクテルは、きっと今の彼の口には合わないだろう。私はそのグラスをそっと隠し、新たなグラスを手に取った。
「私なんて、就活に失敗して新卒でフリーターですよ。」
偉そうに言える立場じゃないですよね、と軽く自虐をしながら微笑むと、案の定二人は驚いた顔をした。私は動かす手に視線を向けたまま、再び口を開いた。
「私、実は臨時店長なんです。本来の店長が病気で長期の入院を強いられて、バイトとして働いていた私にその役が回って来ているだけで。」
「…けれど、まあ。」
ずっと隠し続けていたその称号だって、考えてみればそんなに悪いものでもなさそうだ。名誉や肩書きが無くたって、自分なりに毎日を生きていることに変わりはないのだから。
「少しくらい休んだって良いかって開き直っちゃって、呑気にこうして働いてます。そのおかげで、皆さんのような素敵な方々と出会えましたし。」
そう言って笑顔で、私は二つのグラスを彼らの前に並べた。
「お待たせ致しました。ミントジュレップでございます。」
それは新芽のように爽やかで生き生きとしていて、はっきりと希望を映し出している。
「…Aさん、ありがとう。」
須貝さんの顔は、流れる涙のために光っていた。しかし安堵の笑顔を浮かべる彼は、ずっと体を覆っていた羽衣が滑り落ちたように、透明で澄んだ表情をしている。
「僕からも、ありがとう。」
数時間前より一層目尻を下げた様子で、山本さんが優しさに揺れるように微笑んでいる。
「いえいえ、私は何も。」
照れ隠しで出た謙遜の言葉にゆっくりと首を振って、彼は口を開いた。
「おかげで僕たちも、こんなに素敵な人に出会えたから。」
300人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
萌衣(プロフ) - akiakiさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!ニコラシカは「決意」「覚悟を決めて」というカクテル言葉を持っており、その後の展開を示唆するような存在になっていました。そう言って頂けてとても嬉しいです(;;)良ければ続編もよろしくお願い致します…! (2020年12月4日 7時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
akiaki(プロフ) - 少し遅れましたが、心打たれたので感想を書かせていただきますね。“決意”ですか。良いですねぇ (2020年12月3日 23時) (レス) id: 9ea9a75c9d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - みるくてぃーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!実は主人公が選ぶカクテルは、全て思いや感情とリンクするように描いていました。それに気付いて下さって、更に調べて下さるなんて、嬉しい限りです(;;)長くなりますが、良ければ完結までよろしくお願い致します…! (2020年11月14日 8時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
みるくてぃー(プロフ) - コメント失礼します!カクテル言葉、存在を知ってはいましたが、ひとつずつの意味を知るのは初めてで調べることも楽しかったです(*^^*)また更新楽しみにしています! (2020年11月13日 22時) (レス) id: c5c88d3947 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - たーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!この作品が毎日の楽しみの一つになれているなんて、とっても嬉しいです(;;)素敵なお言葉、本当にありがとうございます。長くなりますが、良ければ完結まで見守って頂けたら嬉しいです…! (2020年11月10日 23時) (レス) id: cd279427a1 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:萌衣 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年10月21日 16時