たった一つの大きな幸せ ページ28
「いやあ、すっかり秋だねえ。」
その言葉に促されるように、私はすっかり夜が更けた空へ目を向けた。暑さは既に空高く遠のいて、何処からか居心地の良い風が吹いている。地上を見下ろすと燃えんばかりの紅葉が立ち並び、秋風を受けて優しげに揺れていた。
「ですね。」
再び視線を彼に戻すと、山本さんは穏やかな表情で空を見上げていた。柔らかな夜風に、前髪が僅かに揺れている。景色と彼の調和が素晴らしくて、まるで作品のワンシーンを見ているようだった。
「そうだ。昨日ね、仕事で香川県に行って来たの。」
そう言うと、隣の席に置いてあったトートバックを引き寄せた。人見知りだと自称していた彼だったが、敬語はすっかり抜けて口数は随分と増える様子を見る限り、幾らか打ち解けてくれたようである。お店で共にする時間は夢のように楽しくて、最近では閉店時間に気付かず喋り続けることも珍しくない。
「はい!これ、お土産。」
「え?」
鞄から出された瓶と彼から発された言葉に、私は目と耳を疑った。しかし唖然とする私に構わず、彼は言葉を続ける。
「香川の銘酒なんだって。Aさんには、やっぱりお酒かなって。」
そう言うと彼は、私の目を見てニコッと笑った。日本酒はあまり好きではないけれど、そんなことは問題ではなかった。私のために買って来てくれたこと、店の外で少しでも私を思い出してくれたことが言葉に表せないほど嬉しくて、何だか涙が出そうになった。
「ありがとうございます、嬉しいです。」
「ふふ、いつも仲良くして下さるお礼です。」
そんな一挙一動が微笑ましくて可愛らしい彼に、私はすっかり心を奪われていた。推しと言う枠組みを超えたその想いは、出会う前よりずっと大きくて、特別な感情である。
「それは、私の台詞でございますよ。」
少しばかり砕けた言葉で溢れ出してしまいそうな感情を隠し、私は瓶を受け取った。この瓶は一生捨てられないな。子孫が出来たら、家宝として代々受け継がせていこう、なんて。そんな馬鹿なことを考えていないで、さっさと空いた席の片付けをしよう。
そう思いバーカウンターから離れようとしたところで、重たい扉が開く音がした。閉店時刻はすぐそこまで迫っていると言うのに、こんな時間に来客とは珍しい。面倒そうな客ならもう閉店したと嘘をついて帰ってもらおうか。疲労も相まって野暮な思考が頭を駆け巡る。
すると私が振り向くより先に、彼が驚いた調子でその名前を呼んだ。
「須貝さん…!」
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萌衣(プロフ) - akiakiさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!ニコラシカは「決意」「覚悟を決めて」というカクテル言葉を持っており、その後の展開を示唆するような存在になっていました。そう言って頂けてとても嬉しいです(;;)良ければ続編もよろしくお願い致します…! (2020年12月4日 7時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
akiaki(プロフ) - 少し遅れましたが、心打たれたので感想を書かせていただきますね。“決意”ですか。良いですねぇ (2020年12月3日 23時) (レス) id: 9ea9a75c9d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - みるくてぃーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!実は主人公が選ぶカクテルは、全て思いや感情とリンクするように描いていました。それに気付いて下さって、更に調べて下さるなんて、嬉しい限りです(;;)長くなりますが、良ければ完結までよろしくお願い致します…! (2020年11月14日 8時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
みるくてぃー(プロフ) - コメント失礼します!カクテル言葉、存在を知ってはいましたが、ひとつずつの意味を知るのは初めてで調べることも楽しかったです(*^^*)また更新楽しみにしています! (2020年11月13日 22時) (レス) id: c5c88d3947 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - たーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!この作品が毎日の楽しみの一つになれているなんて、とっても嬉しいです(;;)素敵なお言葉、本当にありがとうございます。長くなりますが、良ければ完結まで見守って頂けたら嬉しいです…! (2020年11月10日 23時) (レス) id: cd279427a1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:萌衣 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年10月21日 16時