【QK】透明色の感情を愛と呼ぼう【ymmt】

たった一杯のウイスキー ページ22

「ウイスキー、ロックで…！」

何て声を掛けようかと迷っている間に、彼はそう言って机に突っ伏してしまった。普段は度数の低くて甘いお酒ばかりを好んでいるのに、そんなことを言ってしまって大丈夫だろうか。

「…かしこまりました。」

思わず口を挟みそうになって、喉元でそれをぐっと堪えた。何はともあれお客さんの要望に最大限応えるのがバーテンダーの仕事である。私は後ろを振り返り、比較的飲みやすいと評判のウイスキーのボトルを手に取った。未開封のそのボトルは、まるで彼に開けられることを心待ちにしていたように傷一つない艶めきを誇っている。

「僕にも、彼と同じものを。」
「かしこまりました。」

私が手に取ったボトルを見やり、福良さんは穏やかな口調でそう言った。同じようにウイスキーのロックを注文されても何も思うことがないのは、彼から醸し出される大人の余裕のせいだろうか。テーブルに伏せたままのこうちゃんと引き合わせると、その落ち着きが際立って目に映った。

「お待たせ致しました。」

店内の静けさを彩るように、ピアノミュージックが流れている。シンプルなコースターの上に背格好の低いロックグラスを置くと、涼し気な音を立てて氷が揺れた。半透明な黄色い液体に沈む氷が、水晶のように透き通っている。

「わ、すっごい飲みやすい。」

先にウイスキーを口に運んだ福良さんは、驚いた顔をしてその後味を確かめた。

「フルーティな甘味のある、スコットランドの銘酒でございます。」

チェイサーと呼ばれるソーダ水を彼らの前に置きながら、私は少しの説明を添えた。彼らにあまり見慣れないお酒を出す際、こうして知識を披露することが気付けば恒例化するようになっていて。新たな学びを楽しむ彼らにとって、それが耳障りだと感じていなければ良いけれど。

「甘いウイスキーなんて初めて聞いた。本当、色んなお酒があるんだねえ。」

この場所に何度も足を運んでくれることが、きっとその答えを暗示しているだろう。

「…実は。」

やっとのことでこうちゃんが声を絞り出した時には、二人が来店してから丸一時間が経っていた。すっかり閑散とした店内。氷が溶け切ったロックグラスを持て余すこうちゃんとは対照的に、福良さんの三杯目のグラスはもうすぐ空っぽになろうとしている。

私はリキュール瓶を片付ける手を止めて、彼の目を見た。伏せていた額の一部が、瞳以上に赤く染まっている。

「彼女に、別れようって言われちゃって。」

赤色の感情は透明に近い→←一歩進んでこれも日常

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す