【QK】透明色の感情を愛と呼ぼう【ymmt】

どうやら頂上は目前らしい ページ11

「またお待ちしております。」

カウンター越しにそう言葉を発して、店を出て行こうとする男女の後ろ姿に深く頭を下げた。終始女の機嫌は悪かったものの、どうせ今から行くのはこの店から少し歩いたところにあるホテルだろう。平日のど真ん中から不純な恋愛に頭も身体も振り回されるなんて、社会人は元気過ぎる。

「…はあ。」

まだ店内にちらほらと客がいるにもかかわらず、私の喉から吐息の混じる音が出た。滅多にない大盛況に見舞われ無我夢中で営業したあまり、時計の針が今にも頂上を越えようとしていることが信じられない。

「お疲れさまです。」

突然声を掛けられ振り向くと、カウンターの向こうには伊沢さんの姿があった。彼の視界に私の姿だけがはっきりと映り、彼が労る言葉を伝えた相手が私であることを確信するのは容易であるにもかかわらず、それを理解することに数秒を要した。彼から声を掛けられる世界線にいるなんて、あまりにも現実離れし過ぎている。

「あ、ありがとうございます。」

最初の一杯を出して以来、一言も会話を交わすことが出来なかった彼らは、今でもあのボックス席に姿を残している。来店から数時間が経っているにもかかわらず、何やら楽しそうに談笑している様子が微笑ましい。

「お忙しい時にお邪魔しちゃってすみません。」
「いえいえ、そんな。」

存在を視界に入れることには少し慣れてきたものの、やはり会話をするとなると緊張で口が思うように動かない。握手会で喋りたいことや用意して来た言葉が、本人を前にして一切言えない人々の気持ちが今ならよく分かる。

けれどこんなに推敲して言葉を紡いだって、彼らは階下の店の店員の存在なんて明日になればすぐ忘れちゃうんだろうけど。私のことを認知して欲しいだとかそんな大層なことを願っているつもりはない。今日のことは、私にとって一生の思い出として記憶に残しておけたらそれで良いんだ。心の底からそう思っているはずなのに、人間の欲と言うものは留まることを知ろうとしないらしい。

考えを巡らしては一人の世界に潜って行く心を見透かしたのか、私の目をじっと見ていた彼は想定外の言葉を発した。

「また、俺らにお酒について色々教えて下さい。」

そのプラスの一言に、それまで考えていたマイナスの理論は全て論破された。あまりの嬉しさに、最早今日が人生のピークなのではないかと疑って恐怖心すら湧き出て来る。いやこの際、今日がピークで良いや。

「是非、お待ちしております。」

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