九秋審神者、黒本丸を立て直す弐 (ページ7)

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第52話三日月の胸懐⑥ ページ7

「ここを立て直して政府の連中を見返したいだけなら、ここまでする必要はないはすだぜ。
それこそ、審神者の力を用いて俺たちを支配し、表面上でも普通の本丸に仕立て上げることだってできる。
だが、きみはそれをしなかった。
それはきみが、他人を傷つけることを厭う、優しい人間だからじゃないのか？」

鶴丸の言葉に息を詰まらせたAは、またちり紙を取って大きく鼻をかんだ。
照れ隠しのようなその仕草に笑み、俺はそっと彼を抱き寄せ、再びその乾いた髪を撫で付ける。

「お前が俺たちの痛みをとき解せたのは、お前がその痛みを知っていたからなのだなぁ」

「っ…別に、そんなん…じゃ…ふ、うぅっ…」

堪えきれなくなった涙声が溢れ、言葉の先がもつれる。
ぽんぽんと優しく背を叩いてやると、遠慮がちに袖を掴まれ、押し殺すような嗚咽が腕の中で響いた。

…初めは、また随分と年若いのを寄越したな、と思っていた。
正門前で何かを思案する背は、小さくも言い知れぬ大人びた空気をまとっていて、まるで早く大人になることを強要されてきたようなその姿が、どことなく、主と…初代審神者と重なった。

いざ話してみれば、主とはまったく違っていたが。
頑固で強かで、おまけに怖いもの知らず。
腕を斬られて悲鳴一つあげなかった時は、よもやついに人間ではないものを送り込んだのではなかろうか、と懐疑心を抱いたものだ。

しかし…まるでこちらのすべてを見透かすような、胸の奥の方をそっと撫でつけて優しく包み込むような、そんな得体の知れない不思議な全能感と包容力が、また主の姿を彷彿とさせる。

己のことに頓着せず、刀にばかり気を向けて。
普段は飄々としているのに、刀に触れる時だけは真剣な眼差しで、指先ひとつの動きにも魂を込めるような。

主とは全く似ていないはずのこの少年が、主の姿と重なるのは、そんな達観した人間性と、強い刀への敬愛が、俺たちの心にそう思わせるのやもしれない。

これまで、人間の穢れた部分は実に多く見てきた。
刀だった頃にも、人の身を得てからも。

刀だった頃はどこか他人事だったその醜さが、人の身を得てからは酷く痛みを伴うようになった。

武器としてではなく、付喪神としてでもなく、心無いものとしてひたすらに痛めつけられた日々は、きっと千年先も忘れられないだろう。

しかし──

──この少年とならば、その千年のうちの幾許(いくばく)かくらいは、そんな日々を忘れられるような気がした。