第92話 三日月の焦燥 ページ47
見ていて痛々しいほどに
「雛！」
そのまま地に倒れ伏したAは、無意識に俺の刀を傷つけまいとしたのか、刀を両手で掲げたまま全身を強く打ち付ける。
急いで駆け付けた俺は彼の肩を支えて上体を起こし、その手から俺の本体を取り上げた。
「雛、雛や！だめだ、まだ死んではならん！」
「少し落ち着きなよ。気を失っているだけだ、大丈夫」
後を追ってきた山姥切長義が、俺の肩を押さえて落ち着かせる。
その言葉を信じてAの顔を凝視すると、確かに呼吸は正常な上、苦しむ様子もない。
ほっと息を撫で下ろしていると、遠くから複数の足音が聞こえ、そちらを振り向いた。
「──今の話、すべて真実なのか」
そこには、険しい顔で立ちすくむ山姥切国広と、今にも泣きだしそうな五虎退、そして悲痛な面持ちの鶴丸が立っていた。
「…聞いておったのか」
「あぁ…代理殿が、三日月の刀で戦っていた辺りからな。
俺は、今にも飛び出していきそうなこの二振りを止めていたんだぜ」
「え、えっと…僕、は…ずっと、聞いていました…最初から、最後、まで…」
肩をすくめた鶴丸に、五虎退が言葉を続ける。
どうやら五虎退は、本丸中に後任審神者の受け入れを伝達した後、山姥切の指示でAをずっと監視していたようだ。
それでAが俺の刀で応戦し始めたため、山姥切を呼んできたところたまたま居合わせた鶴丸に足止めされていた、と。
彼らを一瞥すると、長義がAを見つめたまま首を振った。
「…真実かどうかと聞かれると、何とも言えないな。
俺も、こんな話を聞いたのは初めてなものでね。
恐らく、数日以内に中間審査のために政府の人間が来るだろうから、それを待って確かめるしか──」
「その必要はない」
長義の言葉に、聞き慣れぬ女の声が被った。
皆が一斉に刀を構え、声のした方を振り向くと…
「っ、椿！」
驚いたように長義が名を呼んだ相手は、Aが着ていたものと同じような黒のスーツをまとう、口の端から左の眉にかけて大きく刻まれた刀傷が特徴的な女だった。
そしてその隣には、同じようなスーツで身を固め、帯刀している俺の同位体──
──三日月宗近が立っていた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 178人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：寒蘭 | 作成日時：2023年11月1日 19時
