第91話 ページ46
「──とある女の審神者がいた。
彼女も、時間遡行軍に攫われた。
けれど彼女には、本丸に愛する刀がいた。
絶対に帰らねばならなかった。けれど、帰れなかった。
そして遡行軍の手中に落ちて、数か月が過ぎた頃…彼女の身に異変が生じた。
──彼女は、身籠っていたんだ。
遡行軍に攫われた時には、すでに命が芽吹いていた」
誰かが息を呑む音が聴こえる。
背後から差す朝日の光が眩しくて、上手く周りを見られない。
けれどまぁ、今すぐ斬られそうな感じはないからいいか、なんて呑気に考えて、力なく笑った。
「──そうして生まれたのが僕だよ」
膝を地につけ、しかしいつでも立ち上がれる状態だった薬研は、すとんと腰を落とした。
まるで鬼の大群が攻めてくる様でも見ているかのように、呆然と口を開けて瞳を揺らす薬研から目をそらす。
…正直、あまりこの話はしたくなかった。
彼らの主も、時間遡行軍に攫われている可能性があるんだ。
信じて待ち続けた主が、そんな目に遭っているかもしれないという想像を、掻き立ててしまう。
そんな想像させまいと、僕は言葉を続けた。
「これが、僕の本当の正体であり…そしてすべて。
僕が審神者を目指す理由も、そこから来ていてね。
約束したんだ。彼女と…母様と。
母様が運営していた本丸を探し出し、母様の恋刀であり、僕の父親でもある刀剣男士に、母様の形見と遺言を届けるって。
まだ母様の本丸が残っているかはわからない。
残っていたところで、新しい主が治めているかもしれない。
けれど、それでも…僕は絶対に審神者になって、父様の元に、母様を返してあげなきゃいけないんだ」
そう言ってまた胸元に手をやる。
そこに触れると、首から下げて服の中に隠している、お守りの存在を確かめることができた。
この中には…母様の形見が入っている。
水を打ったようにしんと静まり返る周囲に、僕は目を走らせることもできず、ただそのまま深々と頭を下げた。
「あなたたちを利用するような真似をして、ごめんなさい。
でも、僕は無力だから。こうしてみんなを利用して、政府の奴らに認めさせて…そうして審神者になるってことしか、思いつけなかった。本当にごめんなさい。
わがままなのはわかってる。でも、どうかお願いします。
君たちの主も絶対に見つける。もしすでに亡くなっていたら、その激情を僕にぶつけたっていい。
だから…どうか、僕に…力、を…──」
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作者名：寒蘭 | 作成日時：2023年11月1日 19時
