第86話 神の傍観�� ページ41
「──そっちにはいたか？」
「いいや、いねーな」
突如視界を塞いだ煙幕のせいで、目的の人物を逃したへし切長谷部と薬研藤四郎は、夜の闇に沈む本丸内を捜索していた。
そう遠くへは行っていないはずだが、なぜか煙幕が広がった直後から標的の血の匂いも消えてしまい、上手く後を追えずにいる。
この本丸は所属する刀剣男士の数が多いため、敷地も広い上に建物も多く隠れ場所には困らない。
一番身を隠しやすそうな蔵など、本殿の傍にあるものだけで四つある。それに加えて本丸内すべての蔵を探すとなれば、たった二振りで手がかりのない存在を探し出すのは骨が折れるだろう。
「…やはり、もういないんじゃないのか？
とっくにこの本丸から逃げて、政府に助けを求めに行ったのかもしれない」
「どうだかな。あいつだって遡行軍だ、わざわざリスクのある場所に逃げ込むような真似するとは思えねぇ」
そう言いながらため息をついた薬研は、いつの間にか大きく西へ傾いている満月を見上げた。
東の空もまだ暗いが、もうじき朝が来る。
彼らには、それまでに決着をつけたい訳があった。
「…恐らく、数日以内に監査が入る。
俺たちが後任としてやってきた審神者を受け入れたのは、あいつが初めてだからな。政府も大人しく任せておくだけではないはずだぜ」
「あぁ。だからそれまでに奴を仕留め、姑息な手段で侵入した遡行軍として突き出し、我々の有用性を示す…簡単な任務だと思っていたが、まさか三日月宗近が謀反を起こすとは」
薬研の言葉に同意する長谷部は、思わぬ壁として立ちはだかった三日月を思い出し、こめかみを押えて低く唸った。
あの代理が遡行軍であることを、三日月も知っているはず。
だというのにそんな存在を雛と呼び、まるで我が子のように慈しむ姿には目を疑った。
たった一日でこの本丸の総大将が、敵の手中に堕ちてしまったのだ。これ以上ない損失である。
「とにかく、三日月の旦那にはどうにか目を覚ましてもらうしかねーな」
「あぁ。最悪、荒療治にはなるが、山姥切を呼んであのジジイに鉄拳制裁を──」
刹那。
右手で握っていた長谷部の刀が弾け飛び、宙を舞う。
飛んだ刀は遠くの地面に落ち、長谷部は突如腕に響いた痺れに理解が及ばず、呆然と暗闇に光る太刀の輝きを見つめた。
最も美しいと称されるその刀身はまさしく、三日月宗近──
「──ごめん、ちょっとだけ寝てて」
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作者名：寒蘭 | 作成日時：2023年11月1日 19時
