第50話 三日月の胸懐�� ページ5
「俺たちは、歴史修正主義者との戦のため、ここに喚ばれた。
歴史を改変させまいと決意した人間たちの手によって、だ。
それはすなわち、俺たちの心にも、その想いが強く影響しているということ。
だから本来なら、刀剣男士として、ここにいるお前を切り捨てることは正しい行いなのだろうよ。
…しかし、だ」
不安げに揺れる瞳にくすりと笑い、垂れ落ちた髪を耳にかけてやる。
驚いたように目を見開いて硬直するAに微笑みかけて、血の滲む左手を取った。
「しかし…時の政府より派遣された二代目は、俺たちに"心"があることを理解しなかった。
だというのに、元遡行軍だというお前は、俺たち刀に"心"を見出した。
大事なのは、"その者自身の在り様"ではない。
その者の"心の在り様"が重要だと、俺は思う」
物音を立てないよう、素知らぬ顔で救急箱を持ってきた鶴丸から消毒液と
痛みで強張る手を、しかし引き込めることはしないAを「うむ、良い子だ」と励まし、その傷口に清潔な綿紗をあてがって包帯を巻いていく。
「『二代目も、これまでの元主たちも、全て同じ人間だ。だが、善悪はそれぞれ違う』と和泉守に語ったのは、他でもないお前自身ではなかったか？」
「…そう、だね」
きつ過ぎない程度に巻いた包帯の先端を結んで固定し、手を離すと、Aはその手をじっと見つめてから逆手で緩くさすった。
「そのものの本質を測るのに、出自や経歴はそれほど重要だろうか？
関わらねば、触れなければ分からぬことも多い。
そのことを俺たちに思い出させてくれたのは、お前だ。
今更、元遡行軍だからと刀を向けたりはしない。
そもそも、元はと言えばお前もこの戦に巻き込まれた身であろう。
そんな幼き子を、誰が切り捨てられようか」
俯いて肩を震わせる、Aの頭に触れた。
頭頂から毛先にかけてゆるゆると撫でつければ、水分の抜け落ちた黒髪がかさりと揺れる。
その時、ずびりと鼻を啜ったAは、顔をあげないまま喉奥でくつくつと笑った。
「っく、ふふふ…馬鹿じゃないの。
出会ってまだ数時間の人間に、こんな…こんな、優しくしてさ。
人間にいじめられたんでしょ？人間に失望したんでしょ？
簡単に信じてどうするのさ。
またすぐ裏切られるかもしれないのに」
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作者名：寒蘭 | 作成日時：2023年11月1日 19時
