第84話 ページ39
「──こんのすけが?」
しばらく本丸内を駆け、長谷部と薬研の追跡から逃れた後、僕たちは一時蔵の中に身を隠すことにした。
そこで三日月から聞かされた話に驚き、目を見開く。
三日月の話によると、彼が不寝番の言いつけを破り、太刀にも関わらず夜の闇の中を辿っていけたのは、すべてこんのすけのおかげらしい。
「あぁ。よく眠っておったところをこんのすけに起こされ、雛と長義が長谷部と薬研に襲われていると言われてな。
その後、こんのすけに道を指示してもらいながら向かったというわけだ」
「障子に気づいたのはなんで?」
「あれもこんのすけが教えてくれたのだ」
そう言って穏やかに笑う三日月に、長義も頷く。
「俺も、不覚をとって薬研に蹴り飛ばされ、一時は意識を失っていたけど…目が覚めたらこんのすけがいてね。
審神者がいなければ手入れが出来ないから代わりに、って一口団子をもらったよ」
「そうだったんだ…折れてなくて本当に良かった」
長義は薬研との戦闘で中傷を負い、蹴り飛ばされた拍子に木に体を打ち付け、数分昏睡状態にあったらしい。
薬研め、紛らわしいことを言って焚きつけたな…
しかし、まさかこんのすけが味方をしてくれると思わなかったな。初対面の頃は伊達組にあることないこと吹き込んで僕らの印象を下げようとしていたのに。
一体どういう心境の変化だろうかと不思議に思っていると、荷物の影からひょこりとこんのすけが現れた。
「こんのすけ…三日月のこと呼んでくれて、ありがとう。
でも、どうして…?君は僕のこと、嫌いなんじゃないの?」
すぐ隣まで歩いてきて、ちょこんとその場に座り込んでこちらを見上げたこんのすけの瞳は、心なしか昼間より光がさしているようだった。
問われたこんのすけは、一拍間を置くと、何かを懐かしむように目を細めた。
「…
ぽつりと呟くように発せられたその言葉に、三日月と長義が目を丸くする。
僕はそれで察しがついて、同時に呆れと感心という対極の感情に苛まれた。
シンと静まり返る中、こんのすけは続ける。
「桃明堂は、特別有名なわけではない、知る人ぞ知る老舗の豆腐屋。
…初代の主さまは、あそこの豆腐を大層気に入っておりました。それこそ、わざわざ自分で買い付けにいくほどに。
その買い出しに私がお供した時は、『皆には内緒だよ』と…こっそり、油揚げを買ってくれたのです。
私は…その時間が、大好きでした」
178人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:寒蘭 | 作成日時:2023年11月1日 19時