第83話 ページ38
「──来るよ。四時の方向に二歩、八時の方向に三歩。
次は六時の方向に一歩、三時の方向に回って、横振り来る」
交差する長谷部と薬研の刀をかわし、長谷部の追撃も回避して薬研の刀を受け止める。
僕らがしていることを理解したのか、薬研は続けて刀を振るった。
その攻撃も予測しつつ、僕は指示を止めない。
｢六時に一歩、そこで跳躍…ッ。
七時に二歩、九時に四歩、五時の方向振り向いて横斬り、真下から来る三歩後退」
僕が言い終わるとほぼ同時に行動するので、なるべく省略して伝えなければ間に合わない。
最低限の表現でもしっかりその通り動いてくれる三日月。
理解力と集中力が凄まじい。
正直、夜戦で打刀と短刀を同時に相手しながら、人一人抱えてここまで出来るとは思っていなかった。
こんな無茶な戦い方をするのは初めてのはずなのに、難なくこなせている辺り、さすがに総大将としてこの本丸を引っ張ってきただけはある。
…けれど、これだけの実力を持っている古参の刀であるのに、どうしてまだ極めていないのだろう。
だが、その思考は突然左から現れた長谷部の姿で遮られた。
「ッ四時に五歩！」
素早い薬研の動きに気を取られて、闇に紛れた長谷部に気づくのが遅れた。
的確に僕を狙った長谷部の切っ先が、僕の左肩をかすめる。
増した血の匂いに気づいて三日月が焦るが、二振りは攻撃の手を止めない。
「右上！防いで！」
高く跳躍して三日月の頭上から刀を振り下ろす薬研と、左から距離を詰めてくる長谷部。
双方向から同時に仕掛けられては、防ぎようがない。
間に合わない──！
「──まったく。本当に手がかかるな、君は」
「!!」
やがて訪れる痛みに目を瞑って備えるも、しかしいつまで経っても体が貫かれることはなかった。
その代わり聞こえたのは、頼もしい相棒の声。
「ッ長義！」
「本当に無茶をしてくれる。もし最悪の事態になったら、椿に連絡しろと言ったはずだ、よっ！」
窘めるような口調で長谷部の刀を弾くと、そのまま腹を蹴り飛ばした長義はボロボロだ。
重傷とまではいかないが、決して浅くない傷が無数についている。
折れたはずじゃ、と混乱で事態の急変を理解できない僕に構わず、長義はこちらを振り返ると懐から何かを取り出した。
「さぁ、走るよ！」
そう言い放つやいなや手にしたそれを地面に叩き付けると、周囲に煙が立ち込める。
煙幕によって姿を眩ませた僕たちは、長義の先導でその場から走り去った。
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作者名：寒蘭 | 作成日時：2023年11月1日 19時
